『バァバの武具屋』3/3
メイジがダンジョンに向かった日の翌日。
武具屋で昼寝をしていたバァバは、ゆっくりと目を開けた。30秒後、王子パラディンと中年ウォリアーが店内にずかずかと入ってきた。若男レンジャーは、今日も戸口に立ってふたりの様子を眺めている。
「買い取れ」
荒く息をついた中年ウォリアーが、カウンターにドン、と大きな布袋を置いた。
「ヒヒ……こりゃなかなかの量だね。プリーストのお嬢ちゃんは? 宿屋で
「死んだ」
王子パラディンは石像のように固い顔で答えた。
「アラ、残念」
バァバは袋を紐解き、中身をひとつひとつたしかめる。
「これは……フム、綺麗だが……これも……状態はいいがイマイチ。こっちは……エー、ゴミ」
「さっさと……せんか」
中年ウォリアーがぜいぜいと肩を上下させながら、蚊の鳴くような声で急かす。
「鑑定は丁寧にやらないとね……ヒヒ。それよりアンタ、顔色がずいぶんと悪いじゃないか。呼吸も荒い」
「何でもない……はやく、しろ」
「あいー? ナンテ? 自慢の大声は地下に置いてきちまったかい?」
バァバが耳に手を当てて煽っていると、90000イェンの首飾りを凝視していた王子パラディンが悶着に気づき、
「毒消しがなかなか効かんのだ」
と口を挟んだ。
「毒! どれどれ……あらまあ、その腕の傷かい? いいからホラ! 見せてごらん」
中年ウォリアーはしぶしぶと腕の傷を見せた。
「おやおや? こりゃ鋭利な刃物で斬られたような……フムフム。目を見せて。ハイ、ベロ出して……アー、おやおやおや? こりゃモンスターの毒じゃないね。植物由来、調合された……たとえばシーフが好んで使うような――」
王子パラディンと中年ウォリアーの顔が同時に引きつった。
「じきにポックリだね」
死の宣告を受けたウォリアーの顔がさらに歪んだ。
「クク……安心しな。図体がデカくてよかったね。診療所のブラッドエルフに診てもらうといい」
王子パラディンから治療代を受け取った中年ウォリアーは、若男レンジャーに支えられながらヨロヨロと店を出て行った。
「さ、鑑定の続きだね。これと……これは、ハイ、ハイ、ゴミ。さて、……おや? こいつは」
バァバは眉間に皺をよせて、琥珀色に光る左眼をギョロリと王子パラディンに向けた。
「そのブレスレット、値打ち物だろう? 幾らになる」
王子パラディンがカウンターに両手をついて、身を乗り出した。
「20000イェン」
「20000……」
「あまり需要のない品だが、価値は充分。エー、他はイマイチだからしめて30000イェン」
「クソッ、これは絶対に渡せませんだのなんだのとしつこく抵抗したくせに……90000まで……あと1回、あと1回……同じようにやってのければ……3人でやれるのか……」
取り憑かれたように呟く王子パラディンの手が、微かに震えている。
「声、出ちゃってるよ」
「ん? あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」
「で、売るの? 売らないの?」
「あ、ああ、売る。売るさ」
「マイド。10000イェン札を切らしててね。5000イェン札とか作ってくれりゃいいのにねぇ」
バァバは1000イェン札の束を数えはじめた。
「エー……10枚……20……30。……10枚……20……30。エー、念のため……10枚……20……」
「はやくしてくれ」
「……30枚、ハイ、30000イェン。これも忘れちゃいけない、貯めて嬉しい30ボル……」
「それは要らん。明日も来るから店を開けておけ」
王子パラディンは札束をひったくるように掴むとマントを翻し、ガチャガチャと鎧を鳴らして出て行った。
「明日があればね……クク」
◇◇◇
同日、夜。
小屋でウトウトしていたバァバが、目を瞑ったまま呟いた。
「よく来てくれたね」
「むぅ……今日こそはと完全に気配を消したつもりでしたが。さすがですな」
ボロ小屋の薄壁一枚を隔てた向こうから、押し殺した声が返ってきた。
「その負けん気を隠しきれなかったことが敗因さね……ヒヒ」
「カカッ。確かに……して、死鴉の便りに記されていた件。すぐに進めて宜しいので?」
「頼むよ。女プリーストは死んで、いまは3人」
「雑魚とはいえ3人、上忍を差し向けましょう」
「すまないね」
「いえ、バァバには我々一門、返し切れぬ御恩があります故」
「やめとくれ。持ちつ、持たれつ。それでいいのさ。ヒヒ……」
滅相もない――と言葉を残し、壁の向こうの気配は消えた。
「ハーァか。まったくやんなるね。アホがダンジョンに潜れば余計な面倒が生まれる……10杯は飲まないと眠れないね」
バァバは独りごちながら店を出て、人影のない道をのろのろと歩いた。
◇◇◇
翌日。ダンジョン地下3階の通路に、助けを求める声が響いていた。
「誰かいないか! 助けてくれ! 誰か!」
王子パラディンが大声で叫び続ける。人間ならば4人ほどが並べる幅の一本道は暗く、見通しが悪い。中年ウォリアーは辛そうな顔で座り込んで、石壁に背中を預けたまま左右の様子を窺う。
「あそこだ、いたぞ!」
声を聞きつけた男たちが、ガシャガシャと足音を立てて駆け寄ってきた。3人組。
「どうかされましたか?」
上物の金属鎧を身につけた若きウォリアーが訊ねる。
「ああ、仲間がポイズンリザードにやられてね。私は魔素切れで治癒が使えず……」
王子パラディンは困り果てた言いぶりでランタンを下げて、中年ウォリアーの顔を照らした。
「そりゃ災難でしたね。どれ、私の毒消しをためッ、ぷ」
ヒュッ、と風切り音が響いて、若きウォリアーの眉間に矢が突き刺さった。
「な、奇襲か!?」
白髪のプリーストがとっさに防御スペルの詠唱をはじめ――
「げっ、ゴ、ウゴゴ……」
――ようとしたその喉に、中年ウォリアーはショートソードを突き刺した。あふれた血が剣身を伝う。一瞬で孤立した幼顔のシーフが、顔を凍りつかせて立ち尽くしている。
「君も、私のために死んでくれ」
王子パラディンが、冷たく言いながらロングソードを振り上げた――が、そのままぐらりと身を揺らし、白目を剥いてうつ伏せに倒れてしまった。
「お、王子!?」
中年ウォリアーは慌てて駆け寄り、脈を取った。絶命している。ヘルムと鎧の隙間、ちょうど延髄のあたりに、見たことのない形の投擲物が深々と突き刺さっている。
「姑息な真似をしよって。奈落で永遠に悔やむがよい」
黒装束に黒頭巾姿の男が、闇から染み出るように姿を現した。中年ウォリアーは慌てて合図を送った。後方の丁字路に潜んでいた若男レンジャーが放った矢が、ヒュッと音を立てて自分の横を通過し、黒装束の男に命中――
「エッ?」
中年ウォリアーは目を疑った。黒装束の男が2本の指で矢を挟み取り、間髪入れずに投げ返したのだ。投擲された矢はビュッという音とともに自分の横を通過し――
「うっ」
背後から若男レンジャーのうめき声が聞こえた。カララン、とショートボウの乾いた音。続けて、ドサリと倒れた鈍い音。
「お主も後を追え」
足音ひとつ立てず近づいてくる黒頭巾の隙間から、鋭い眼光が垣間見えた。睨まれた中年ウォリアーは金縛りにあったように動けず、必死に口だけをパクパクさせる。
「や、や、やめ、やめろ。私は従っただけ。そう、そうだ。王子に従っただけだ。逆らえるものか! 頼む、殺さな――」
中年ウォリアーの首が飛んだ 。
◇◇◇
手刀一閃。
首を失った罪人が崩れ落ちる
「え、あ……、あ、あの、ここここれは?」
「使えばダンジョンの入り口に飛べる」
「エッ!? あ、あ、ありがとうございます! 命の恩人です……」
少しばかり緊張が解けた様子の幼顔シーフは、巻物を受け取ると深く頭を下げた。
「助け合いも結構だが、此奴らのような
「ハイ……。あの、ぼく、憧れていて、この目でホンモノを見られるなんて、あの、ニンジャ……」
ニンジャ。
遥か海の向こう、西方の大陸ヴィ・フェンから渡来した、忍びの者たち。下忍、中忍、上忍と
「憧れているだけでは何者にもなれん。修行せよ」
「あっ、ハイ……あ?」
幼顔シーフの視線が、ニンジャの胸に注がれた。ニンジャは
(急所を貫通――背後から? 音も気配も無かった……)
「……カハッ、カッ」
片膝を突きながら振り返ると、さきほど倒した標的のひとりが……ショートボウを構えてほくそ笑んでいた。
「お主……! 心臓を射った筈……気配も消えて……」
「フェイン・デス。死んだフリってやつですよ。それでもこれが無きゃ本当に死んでましたけどね」
若男レンジャーが、見せつけるように胸襟を開いた。平凡な狩人の服……その下で虹色の光を仄かに放つ、ミスリルの
「まさかこんな浅いフロアでニンジャに襲われるとは……イテテ。肋骨2本か。あの王妃ケチなんですよ。治療費もらえるかな。計画と違うじゃない! とか言い出しそうだなぁ。邪魔な腹違いの王子は死んで結果はバンバンザイなのに。ねぇ、どう思います? ハハッ、わかりませんよね。笑えますね」
若男レンジャーは狂気じみて饒舌に喋りながら2射目を放った。救ったはずの命が消える音。床を転がる巻物が視界に入る。敵はゆっくりと距離を詰めてくる。
「盆暗王子の従者がミスリルだと……ましてやレンジャーが死んだフリなどという未聞の技能を使うなど……」
問いただしながら、ニンジャは両足に力を込めた。
「えぇ? レンジャー? 私、レンジャーですなんて名乗りました?」
若男レンジャーは、わざとらしく目を丸くしながら肩をすくめる。
「偽装とは……卑怯なり……」
「名乗ってませんよね? あなたが勝手に決めつけただけですよね? ではサヨウナラ」
◇◇◇
「死体の数と現場の状態からして、やったのは従者のレンジャーでしょう。追手を放っておりますが痕跡ひとつ掴めておらず」
武具屋の壁越しに届く言葉は淡々としているが、その声色には得体の知れぬ仇への静かな怒りがこもっていた。
「ふん……たしかに腕は立ちそうだったが、まさかお前さんとこの上忍を返り討ちにするとは……申し訳ないことをしたね」
バァバはパイプ煙草の煙を鼻から吐きながら目を伏せた。
「いえ。本人の不覚に依る結果。御気になさらず」
「目的は果たせた。感謝してるよ」
「
「パラディンってのは嘘っぱちさ。なんでも与えられて努力を知らないガキがコネとカネでいくら盛ろうと、ここじゃあすぐに化けの皮が剥がれる……。さて、こっちもカネで済む話じゃないが、そこに置いた袋は持っていっとくれ」
「いえ。困っておらぬ故」
「クク……足るを知る男……相変わらずだね。なら武器だけでもどうだい。下忍や中忍の育成に役立つものを見繕ってある」
「有難く。……ひとつたずねて宜しいか?」
「詮索とは珍しいね。なんだい」
「今回の一件、ここまで干渉するのはバァバらしくない。掟は忘れておらぬ筈」
「さぁ。アタシも耄碌してきたかね……ヒヒ」
◇◇◇
イムルックの下町、白レンガ造りの小さな家が密集する一画。
ドンドンと玄関のドアを叩く音に、痩身のエルフは身をこわばらせた。
「ママ! 誰かきたよ! パパかな」
ベッドに伏していたピピコが身を起こす。
「ピピコ。パパはずっと遠くにいるからまだ帰ってこないって言ったでしょ? ほら、体に障るから横になって……ママが見てくるから。きっとお隣さんね」
今度こそ、誰かが夫の死を報せにきたのではないか――エルフは不安とともに居間を抜けて、玄関の鍵をはずし……ドアを開けた。
「やあ。ただいま」
立っていたのは夫だった。
「え? あなた!?」
いくら旅が順調だったとしても、帰ってくるには早すぎる。駄目だったのだ。落胆を悟られぬよう、笑顔を繕いながら迎え入れる。
「お帰りなさい。無事でよかった」
「うん、無事だった……のかな、疲れたよ」
夫は複雑な顔をしながら帽子を脱いだ。
「……早かったのね」
「送ってもらったんだ、魔法で」
「転送魔法? 他人を飛ばせるなんて相当な術者よ?」
「うん。それに……ホラ、これ!」
夫は驚かせるように、腰巻のポーチをガバリと開いた。覗き込むと――書物で見た、夢にまで見たマンビョウゴケ。間違いない。
「ああっ! 嘘みたい……助かる、助かるのね?」
「ああ。そうだよ。もう大丈夫だ」
温かいものが頬を伝う。嬉し涙はいつぶりだろうか。
「パパ……? パパだ!」
ピピコが居間から顔を覗かせて、トタトタと走ってきた。
「ピピコ! おーただいま、っと! 少し重くなったんじゃないか?」
夫は愛娘を全身で受け止めると、抱え上げながら笑った。
「そこまで時間は経ってませんよ」
人差し指で涙を拭い、エルフは微笑んだ。
「ハハ。気持ちの問題かな? ……ああ、それと、これ。ごめんよ」
「なに、急に謝って……」
エルフは身構えた。夫は片腕でピピコを抱えながら、もう一方の手でポーチから小さな皮袋を取り出した。恐る恐る受け取って中身をたしかめると、バラバラに砕けたブレスレットが入っていた。
「これ……あなた! 何があったの? 砕けてるってことは死……」
ぎりぎりで言葉を飲み込んだ。娘の前だ。夫はこちらを真っ直ぐに見つめて、深く頷いた。
「つまり、そういうこと」
「そういうこと、って、あなたこのブレスレットの効果……知ってたの?」
「いや、知らなかったよ。てっきり……婚姻を祝福してくれたキミの一族からの、綺麗な贈り物だと思っていた。キミがこのブレスレットに込められた力を私に教えなかったのは、知る必要なんて無かったからなんだな。戦と無縁の平和な街で暮らす私には」
「そうだけど……。なぜ分かったの?」
「とある人物がね。ま、生き返った後に軽く説明を受けたんだけど、私にはサッパリ理解できない内容だったよ。ハハハ」
【
持ち主がブレスレットを着用している状態で殺害された場合に限り、仇を討つ者がそのブレスレットを着用して加害者を殺害すると、元の持ち主の傷を癒し魂を呼び戻すことができる。
今も昔も蘇生の手段は限られているため、かつては非常に価値の高い装備品として争奪された。しかし、効果の発動条件が非常にシビアなこと、一度効果が発動するとブレスレットそのものが砕けてしまうこと、造り手だったハイエルフの力が100年前の内戦によって衰退したことなどから、徐々に【復仇の】効果が込められたアイテムはこの世から姿を消していった。現代において市場に出回ることは滅多になく、実用性の点から取引価格はそれほど高くはない。
「そんなに明るく笑って……」
「そりゃ明るくなるさ。無事に帰れて、家族3人でこれからも元気に暮らせるんだ」
「生き返ったって、なに?」
しがみついていたピピコが首を傾げた。
「え? ああ、違うのピピコ。パパはこうして生きて帰ってきて、元気元気、ってこと」
「そうだぞピピコ。パパは元気元気。さ、中に入ろう……しかし驚いたよ……エルフのキミなら知ってるかなぁ」
「なに?」
「サモン・コープスってスペル。初めて聞いたんだけど……その、死体を術者のもとに瞬時に呼び寄せるんだ。どのクラスのスペルがどうなんて話は、修業をやめた三流メイジとは無縁すぎてさ」
「そういう物騒な話は、ピピコが寝たあとでね」
「なになにー?」
「なんでもないよ。パパお腹ペコペコだなー。ピピコもご飯を食べたら特別なお薬があるぞー」
「お薬きらーい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます