互いにアドバイスを実行する日々

私と諒哉さんは、残りのビールを飲み干して家に帰った。


「ただいま」


知典が寝てる事は、わかっていた。明日も仕事なんだから、当たり前だ。

だけど、もし、私が帰ってこなかったら少しは心配してくれる?


パジャマに着替えて歯磨きをする。

使用される事のなかった下着を脱ぎ捨て、さっき着ていた服にくるんで洗濯かごに入れた。


レスになんてなるとは思ってなかった。

レスは、子供が出来た夫婦や年老いた夫婦がなるものだと勝手に決めつけていた。

寝室に入った瞬間。

【ピロロロン】と音楽が鳴る。

私のスマホかと見たけれど何も来ていなかった。

もしかして、知典の?


サイドテーブルで充電されている知典のスマホを見る。

ロックされていても、メッセージの通知は読めた。


【知君、明日いっぱいしてね♪】


私には、一秒の時間さえ使いたくないのに……。

彼女には、使えるんだ。

名前の表示に【桃香ももか】と出ていた。

どんな人なんだろう?

知典に抱いてもらえるなんて羨ましい。


【ピロロロン】

また、メッセージがやってきた。

【奥さんがつけてたような下着待ってるからね-w】

私は、知典だけじゃなく。

この女にも馬鹿にされていたんだ。

知典のスマホをサイドテーブルに置く。

これ以上、惨めになりたくなくてスマホのメッセージを見るのはやめた。

私は、諒哉さんにメッセージを送る。


【今日は、ありがとうございます。アドバイス楽しみにしています】

すぐに既読がついた。

たったそれだけなのに、スマホの画面が滲む。


【着替えをしていて思ったんですが、いい香りに男は弱い気がします】


いい香り……。

そう言えば、最近香水をつけていない。


【わかりました。試してみます。あっ、私も気づいたのですが……。昔は、食器を洗って貰うだけで嬉しくて抱きついてました】

【わかりました。やってみます】


自分だけじゃない。

仲間がいる。

そう思うだけで、頑張れる。

私は、すぐに男性受けのいい香水を検索する。

なるほど……。

40代には、これがオススメなんだ。

明日は、パートが休みだから買ってこよう。


次の日、朝目覚めると知典は私を避けるように会社に行く支度をしていた。


「朝ごはんは?」

「いらない」

「お弁当は?」

「もっといらないわ」


私の顔を見ると上から下までジロリと見た後で、やれやれって顔をしている。


「帰ってきたら、実家に行くから。一泊分の荷物用意してて」

「あっ、今日だったね。お義父さんの慰労会」

「うん。だから、乃愛も用意してて」

「わかった。お菓子買ってくる。休みだから……」

「よろしく。親父に渡すプレゼントは、兄ちゃんが、用意してるから。じゃあ、行くわ」

「うん、気をつけてね」


知典は、さっさと家を出て行く。

お義父さんの慰労会が今日だって忘れていた。

お義父さんは、定年した後も嘱託で働いていた。

70歳以降は、働けない会社の方針で今日退職するのだ。

義理実家は、車で二時間。

いい匂いをさせるには、もってこいだ。

私は家の事をして一泊分の荷物をつめてから、買い物に出かける。


いい香り……。

いい香り……。

アドバイスのお陰で、香水売場に立ち寄る。

試供品の匂いを嗅いでると店員さんがやってきた。


「お客様がお付けになる香水をお探しですか?」

「はい」


店員さんにアドバイスを受けながら一緒に探してもらった。


「こちらなんかどうでしょうか?」

「確かにいい匂いですね。これにします」


夫をドキッとさせたいって話したら、イランイランが少し香る香水はどうかと提案された。

甘さは控えめだけど、チェリーやサンダルウッドが少し香るのも悪くなかった。

最初から最後までいい香りだった。


後は、義理実家に持って行くお菓子。

明日は、知典と共に向こうに泊まる。帰宅する車内で、この香水をつけて帰宅したら……。

知典が私を抱き締めてくれるに違いないと思っていた。



購入した最中は義理両親に気に入られ、宴会を楽しんだ後で一泊した。

帰りの車内。

知典が乗り込む前に少しだけ香水をつける。


「じゃあ、また来るから……」

「気をつけて帰るんだよ」


知典は乗り込んで車を走らせる。


「昨日、子供の事母さんに聞かれただろ?」

「うん」

「もっと適当に言えばよかったんだよ。考えてないわけないみたいな言い方したら、年寄りは期待するんだから……」

「でも、嘘はつけないでしょ?」

「それは、そうだけど。はぐらかしとかないと出来なかった時にガッカリするだろ」

「出来るか出来ないかやってみなくちゃわからない事でしょ?」


知典にレスを解消する気がないのがわかってしまって、つい大きな声で怒鳴ってしまう。


「うるさいなーー。ってか、さっきから線香の匂いしない?母さんに線香貰って帰ってきた?」


知典は、窓を開けながら話す。

線香……。

必死で選んだ香水を線香だと言われるとは思わなかった。


「香水……」

「香水?この匂い?古いのつけるなよ!嗅がせたいやつがいんのか?家に帰るだけだろ」


古い……。

嗅がせたいやつ……。

知典の為なのに……。

どうして、そんな言葉が出てくるの?


「ごめん……。次は、つけないから」

「そうしてくれよ。臭くて堪らないわ」


昔なら、いい匂いだねって褒めてくれた。

例え、自分の好みじゃない匂いでも……。

彼に教えてもらったアドバイスは失敗に終わった。



【モコモコの部屋着を着てる姿にキュンキュンするそうです。会社の同僚に聞きました】


匂いは無理だったと話したら、彼はまたアドバイスをくれる。

私は、モコモコの部屋着を購入して帰宅した。


「ただいま」

「お帰り」

「乃愛、太った?」

「えっ……。太ってないよ」

「何か、それ着てるとぬいぐるみみたいだし。二倍は太って見えるから着ない方がいいんじゃない」


知典は、怪訝な顔をしながら洗面所に向かった。

これも失敗に終わってしまった。


「うわっ!その口紅お化けだぞ」

「何、その髪型似合ってないよ」

「この料理。金かかりすぎだろ」

「それさーー。おばさんが着ると似合わない色だな」

「その爪で料理するとかないな。明日には取れよ」


彼からのアドバイスは、全て玉砕した。

正直、ここまでとは思わなくてショックを通り越して呆れている。


【これで最後にしたいって乃愛さんが言ってたので、周りにも聞いてみると……。裸で隣に寝られているとドキドキするそうですよ!確かに、俺もしちゃいます】


そっか。

変に下着とかつけるよりも……。

裸で寝てるのが一番かも。

最後のアドバイスを実行する。


「先に寝てるから、おやすみ」

「おやすみ」


寝室につくと私はパジャマと下着を脱ぎ捨てて、布団にくるまる。

知典がどんな反応をするか楽しみ。これで、ようやくレスが解消される。




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