気の遣い方が斜め上
りこ
第1話
俺には同棲してる〝彼氏〟がいる。
男同士だけれど、俺たちは愛し合っている。
たとえあいつが俺以外と体の関係があったとしても。
「……またか、」
スマホの通知画面に表示されたメッセージに溜息を吐いた。
何回目だとか、今日は一緒に飯食おうって約束したのに、だとか……言いたいことはいくらでもあるのに俺はあいつに何も伝えられない。
『ごめん。今日も残業。ご飯は家で食べる! 準備は俺がするからなんもしないでな』
何度このメッセージを見たのかもう覚えていない。
最初はこんなことなかったのに。いつからだろう。
いつから、あいつは……俺以外を抱くようになった?
なんでバレてないと思っているのかもわからない。
「……ああ。そっか、俺が別れるっていうわけないと思われてんのか」
そっか。なるほど。そりゃそうだ。
いままで好きだと思ったやつはあいつだけだから。
柚月以外を好きになったことねえよ。
小さいころからずっとあいつだけ。
ほかの誰かなんて一度も考えたことがない。柚月と一緒になれないなら、一生一人でいいと思っていた。
告白を受けてくれたのも俺に気を遣ってくれたか、女を食いすぎて飽きたのかそんなものだと思っていたから。
だから、社会人になってからも付き合っているだとか……同棲までするなんて、一ミリも考えてなかった。
同棲し始めたときは毎日ちゃんと帰ってきてくれていたし、あいつのじゃない香水も、シャンプーの香りも……つけていたことなんてなかったんだ。
見知らぬ赤い痕に気づいたのもいつだったか。
問い詰めれば仕事で怪我しただけだなんて言うけれど、さすがにさ俺だってわかんだよ。それがキスマークだってことくらい。
それ以上なにも言わない俺にキスをして、甘くとろけるようなセックスをする。
きっとそれ以上聞くなということなのだろうと思う。
それ以上聞くなら、問い詰めるならば……別れると言われている気分だ。
わかっているのに、俺に飽きていることくらい。
本当は女が好きだということくらい。俺だってわかってるよ。
俺を傷つけることを言えないあいつは優しさのつもりで俺を痛めつけている。
なんにも気づいてねえんだろうなあ。
そんなの優しさじゃないの。
ちゃんとはっきり別れを告げてくれたほうが、俺はこんなに傷つくこともなかったのに。
『わかった。気をつけて帰ってこいよ』
いつも通りの返事。
健気にあいつの帰りを待つんだ今日も。
そしてだれかを抱いたあいつに、ケツの準備もされて甘くてどろどろなセックスをされる。
だれに突っ込んだのかもわかんないソレを、俺に…………、
「…………いや、素直に気持ち悪いな?! 好きだけど! 柚月は好きだけど! それはそれとしてどっかの女? いや男なんかもしれんけど! ヤって帰ってきて風呂に入るつってもさ!? そのあと俺とヤるのすげえ気持ち悪くね!? せめて間空けてほしいよな。いや、そういう問題でもないか」
柚月は好きだし、これからも柚月以外好きになれる気はしないけれど、べつに俺がこんな思いしてまでこの関係続ける必要なくないか?
別れても辛いけど、今この状態続けるよりは精神的にマシな気はしてきた。
つうか、優しさ履き違えすぎだろ。
すげえ。なんだ、意味わからなさすぎる。
俺を傷つけたくないから別れようって言えないってなんだよ。
もし本当にそう思ってんならもっとうまく浮気しろよってなんじゃん。
クソほど傷ついてるわ。意味わかんねえくらい泣いてたわ。
いやなんかもう純粋に疑問なんだが、どっかでヤって帰ってきて俺とヤんの?
ケツの準備までしたい理由ってなに? 怖すぎる逆に。
よし。今日別れ話してから家出るか。トシキに連絡しよう。家見つかるまで泊めてくれって。
とりあえず荷物まとめ……
「しょーう! ただいま!」
「…………お、かえり」
「? 驚きすぎじゃない? どしたの? あ、ご飯待っててくれた!? 一緒に食べよ〜! 明日は俺休みだから俺が作んね」
……絆されんなおれ!!!
「柚月。話がある」
「……うん? なに? いまじゃないとダメなの? ご飯食べてイチャイチャしたあとでいいでしょ? だめ?」
「っ、柚月! いまじゃないと、ダメなんだ」
「…………なんだよー、俺に聞いてほしい話あんの? だーいすきな翔の話ならいくらでも聞くよ」
俺にだけむけられていたはずの笑顔。愛しそうに笑うその顔はいまはもう俺だけのじゃ、ないんだよな。
「……なあ、なんで浮気すんの」
「……なんで? してないよ? 俺が翔一筋なん知ってるよね」
困ったように笑って俺の頬にキスをしようとする柚月を手のひらでとめた。
「ごまかすな。わかってんだよ。ずっと前から。俺じゃねえだれかとヤってんだろ」
「…………なんで? ねえ、手のけてって」
「俺の質問に答えろ」
「答えたら別れない?」
「…………、」
「なら言わない。ほら、キスしよ。俺、翔が好きだよ。ずっと翔だけだよ」
ばちん!
柚月の顔面を手のひらで引っ叩いた。
これで終わりたくない。おまえのこと、ヤなやつだなんて思いたくないんだよ。
嫌いになりたくないんだよ。わかってくれよ、頼むから。
「ちゃんと話をしよう。つうか、しないならいますぐ出ていく」
「っ、わかった! 話すから出ていくのはやめて、っ」
ソファに並んで座るというか、柚月は俺の腰掴んで離さないけど。力強すぎて怖い。
「……おれ、ほんとうに翔が、好きなんだ」
「いま話してんのそれじゃないんだけど」
「、すき、だから、その、おれ、せいよくつよくて」
「…………ん? 話つながってんの?」
「だから、しょうに、なにするかわかんなくて、おれ」
「………………あー、だから、だれかとヤってた…………?」
「そう、俺、翔に嫌われたくなくて! ヤってたんは事実なんだけどっ、おれ、ほんと、翔が……っ」
「あーーーーうん、なんとなくわか、……んねえよ! 俺に気を遣って……? いや、わかんねえわ! 気の遣いかたが斜め上すぎんだよ! いや、それで気遣ってるってまじなん?」
5年以上付き合って、つうか幼馴染だから20年以上一緒にいてはじめて、柚月の言ってることがあまりにも理解できなくて困惑している。
「……わかってるよ! 最低なことしてるって! おれだって、おれだって! どうしたら、いいかわかんねえんだもん! すきなのにっ、よくだけは、おおきくなって! きらわれたくないのに! ずっと、ちいさいころからっすきなのに、や、やっ、と、おやにも、みとめ、てもら、えたのに……っ」
「ええ…………な、なんで泣くん……泣きたいの俺なんだけど、」
隣でぼとぼとと大粒の涙と鼻水を落としながら叫ぶようになく柚月。
腰から手は離してくれないけど。
「あー……わかっ、た。わかんねえけど……俺も柚月が好きだよ、それはかわんない」
「しょ、しょう……、」
「俺以外と二度とヤらないって約束できるか」
「できる! 絶対!」
「俺もお前とヤれるかわかんないけど、それでもか?」
「っ、翔と、一緒にいれる、なら」
結局柚月と別れなかった。
好きなことは変わりない、と思う。
共依存なのかとか、実らないと思っていた初恋に執着してるんだよなとか考えたりもする。
もういまさら、告白したときのような純粋に好きなんてないけれど。
……でも、俺に怯えたような瞳を向けてくる柚月に仄暗いなにかと、じりじりと燃えるなにかが湧いてくるのには、気づかないフリをしている。
気の遣い方が斜め上 りこ @mican154
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