第266話 「我々」が指す対象

「曽我さん、今回の極秘会談に、どうして倫子ちゃんを連れて来たんですか? 正直、彼女をもう巻き込まないで欲しいんです」


 イラク遠征から帰国した典明、大森、そして幸は、一路創世館を目指し車を走らせた。

 幸は親友である倫子が、このまま情報の世界で翻弄される事を嫌った。

 自分は巻き込まれて、ここまで強くなってきたが、倫子は純粋に日本の女子大生だ。そんな彼女がこれからも情報の世界に身を置いても、危険が付きまとうだけで、彼女の将来に良い影響を与えない。


「遠藤さんの件は、本当に申し訳ないと思っている。これはフリーマン准将からの勅命でね。恐らく謎の女性「レディ・セシル」に、遠藤さんを見せて反応を確認したかったんだと思う。セシルと立花さんとの間に、何らかの関係性があると考えていたんだろうね」


 確かに、幸がセシルに化けると言う構想は、CIA側の指令ではない。未来人であるキャサリンから、万が一の時に使用できるスキルの一部を、機転を利かせて実行したに過ぎない。

 それだけに、アメリカ・イラク双方から謎とされる人物が、幸であると言う想像は出来ても、確証を得る事が出来ず、CIAを苛立たせていたようだ。


「ところで大森さん、どうしてレディ・セシルが私だって解ったんですか? 私、あの変装はキャサリンさんから未来の技術をお借りしてやっていたんです。完璧な変装のはずなんですよ」


「そうだね、でも君は内務省の地下で、俺に「ご自愛下さい」と言ってくれたね。あれは立花君の声と言い回しだったよ、だから解ったんだ」


 あの時、大森が感じていた違和感の正体はこれであった。アラブ人にしか見えないセシルが、聞き覚えのある流暢な英語で話しかけてくる、それも幸の声で。キャサリンの光学偽装は、視覚的な効果は抜群ながら、声に対しては一切のエフェクトがかかっていなかった。

 次に感じた違和感は、自分の手に物質が転送された時だ。

 あんな事が出来るのは、大森が知る限り未来人であるキャサリンだけだ。

 彼女がセシルではなく、自分に拳銃を転送した意味、それは大森にセシルが幸である事に気付いてくれと言うメッセージに他ならない。

 そんな謎解きをしつつ、大森はもう帰る事が出来ないと、半ば諦めていた創世館へ向かう車の中で、真理子を思った。


 大森と再会した真理子は、もうとにかく泣いた。

 それは可愛い教え子であり、最愛のフィアンセでもある彼の生還を祝しての嬉しい涙である。

 正直、幸と大森は帰国するのが怖かった。もし、ミッションが成功して、全てが正常な世界に戻った場合、真理子が再び存在しない世界線へと変化してしまわないか、と言うことだった。

 帰国寸前まで、大森は何度も真理子の存在を確認した。もちろん一連の事情を曽我 典明にも説明しての事だ。

 そんな不安をよそに、真理子は創世館で皆を待ちわびていたのである。

 帰国の際には、リック少佐も道場に駆けつけ、全員勢ぞろいの場面で、大森は正式に真理子との結婚の許しを父親である宗明に打ち明けた。

 そんな微笑ましい祝いの場をよそ目に、幸は未だ晴れない気持ちを抱えていた。

 そう、答え合わせが未だなのだ。

 幸は、キャサリンとの約束の通り、イラクでの戦争を首都バグダット占領の手前で食い止めた。

 ほとんど奇跡に近いこの成功、当然異世界ではラジワットが生きている世界線へと変化し、元気に暮らしていると思いたかった。

 しかし、目の前ではマリトの母親になるはずの真理子が、別の男性と結婚しようとしている。

 もはや、前の世界線の記憶を維持しているのは、幸一人のはずである。

 色々な事が頭を巡り、不安に押しつぶされそうになる。

 それでも、確認しなければならない。ラジワットがこの世界の、いや異世界のどこかで幸せに暮らしているという事実を。仮にそこに、自分の居場所が無かったとしても。

 


「フリーマン准将、今回の「神の国家」構想は、一体いつ始まっていたのですか」


 ジョルジュ・リック少佐は、今日横田基地へと赴いていた。

 湾岸戦争が終わったとは言え、後処理でやらねばならない事は山積している。

 それでも、サウジアラビアから戻った二人が、こうして会話するのはあの日以来であった。


「まあ、君はあまり考える必要は無いよ。それよりミユキ・タチバナは異常無いかい?」


「ええ、目立った動きはありません。曽我の実家で監視下に置かれていますから、異常があれば直ぐにでも」


 フリーマン准将は、いつも笑顔だ。それだけに、本心が掴みかねる人物である。同じく笑顔を絶やさないリック少佐からすれば、表情を読まれない為の方策として、自身も同じ手を使う。それだけに、その笑顔が怖いと感じてしまうのだ。


「どうしたねリック君」


「は? 何か?」


「気になる事がありますと、顔に書いてある」


「・・・・お人が悪いですな、准将」


「フフフ まあ、今回の君の功績を称えて、一つだけ答えてあげよう」


「よろしいので?」


「ああ、多分、君が今後この業界に居るならば、無関係ではないだろうからね。今回の「神の国家」構想は、最終的に我々の未来にとても重要な役割を果たす。その起爆剤として、絶対に必要な国家となる」


「我々?」


「ハハハ、鋭いね」


 フリーマン准将は、もうそれ以上語る事は無かった。

 しかし、フランス系アメリカ人のリックには、その真意が伝わっていた。

 そう「我々」が指す対象、その意味は、必ずしもアメリカ合衆国を差してはいない。

 今回のイラク騒動で、一番得をしたのは一体誰なのか。

 もし、リックの予想が正しければ、それは終末思想に寄せていることになる。世界には、それを望む勢力も存在すると言う事だ。

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