幸せのかたち

第267話 おおむね

「ねえ、私達、本当に中まで付いて行かなくていいの?」


 倫子が、曽我の運転する車内で不安そうに聞いた。

 珍しく、この日の車両は2台、曽我の運転する車には幸と倫子、そして佐々木の3人が乗っており、その後方には大森が運転する車に真理子が乗っていた。

 本来ならば、婚約した二人の車は幸福に満ち溢れているはずだ。だが、この二人にとっても、これから幸が確かめなければならない「答え合わせ」の当事者とも言えた。


「幸さん、大丈夫かしら」


「大丈夫、彼女は強い女性だから」


「強いと言っても、あんな小さな肩に世界を背負って戦ってきたのよ、もし、異世界でラジワット君が復活出来ていなかったら、彼女の苦労は無駄になってしまうわ」


 そう言い終わると、真理子は大森の左手を握った。

 大森は、真理子の手が少し震えているのが解った。だから、彼女の手を強く握り返して答えた。

 車両は、久しぶりとなるキャンプ・ドレイク跡地に差し掛かる。

 相変わらず大蔵省の管理地だと言うのに、ゲートは何ら躊躇なく開く。

 今日は、キャサリンとの約束の日。恐らくは、ここでキャサリンと会うのも最後になるだろう。

 車は静かに敷地内へ進む。静かな敷地、普段と違うのは、この日は日中であると言う点だけだ。

 

「それじゃあ、行ってきます」


「ああ・・なにかあれば、直ぐに連絡してくれ。また突然消えたりしないでくれよな」


 曽我がそう言うと、幸は少し笑って歩いて行った。倫子と佐々木は、もう何も言えなかった。

 倫子は、自分ですら震えが来るくらいなのだから、当事者である幸の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうであった。

 仮に全てが成功していても、愛する人との再会は無いのだから。


「もう・・・・佐々木君が泣いてどうするのよ」


「だってさ、立花さんが可愛そうで。それに、君だって泣いているじゃないか」


 そう言われると、倫子は幸より先に泣いてはいけないと思いつつ、この涙腺がどうにもならない事に気付くのである。


「幸ちゃん、可哀想だよ。だって、会えない人のために、あんな命がけで頑張ったんだよ! そんなのってないよ! あんまりよ!」


 運転席にいる曽我ですら、幸の心境を思えば辛い。それでも、彼女が毅然と振る舞うなら、男としてどこまでも付き合うつもりだった。

 そして、全てが終わったら、彼女を柵から解放してあげたいとさえ思っていた。

 勇ましき女戦士も、少し剣を置き、羽を休める必要があるのだと。



「キャサリンさん、来ました、幸です、フェアリータです!」


 幸は、格納庫に向かってキャサリンの名前を呼んだ、思いっきり。怖かったから。結果を聞くのが。だから思いっきり叫んだ。

 そして、キャサリンはいつものように、何事も無かったようにスッと現れた。


「キャサリンさん、この間は助けてくれてありがとうございました・・・・あの、それで」


「こちらこそ、ありがとうよ。本当によくやってくれたわ。GFスタッフ一同、本当に感謝しています」


「ってことは、時空間は、ラジワットさんは?」


「ええ、おおむねあなたの望む通りになったわ」


「・・・・概ね?」


「そうね、あなたも理解していると思うけど、曽我 真理子さん、この世界線ではラジワットさんと結婚はしていないの。つまり、マリトちゃんは存在していないことになるわね」


「まさか・・・・そんな、でも、それって、どうしたらいいんですか?」


「・・・・こればかりはどうにもならないわ。現実に、今現在真理子さんはここに居る、それが世界線が出した答えよ」


「じゃあ、マリトちゃんの存在自体が無いことにされてしまったと言うんですか? そんな、そんなの酷い!」


「マリトちゃんの存在が完全否定された訳ではないわ。もしかしたら別の形で存在しているかもしれないし。そもそも、時間軸は、近似時間軸と酷似するものなの。だから、異世界のどこかで、ラジワットさんと真理子さんの間に生まれた子供としてではなく、まったく別の形で存在しているかもしれない」


「それを、証明する方法はないんですか?」


「残念だけど、それ以上は答えられないの。時空間管理局の決まりだから、ごめんなさい」


 キャサリンからの回答は、満額回答とは言えないものになった。

 幸は一人悩む。

 マリトの存在は、真理子の死を意味する。

 マリトも真理子も、今や幸にとって掛け替えのない存在だ。どちらかを選ぶことなんて出来ない。

 キャサリンは、最後にもう一度、今回のミッション成功に対するお礼を言い、幸に「GF職員にならないか?」と聞いた。

 失意の幸は、丁重にそれを断った。

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