第264話 ダミー? 救難信号?

「曽我! 俺にも銃をくれ!」


「おう! 手錠は大丈夫か?」


「銃をくれれば、鎖を銃弾で弾く! とりあえず銃だ!」


 大森もかつては陸上自衛官であったことから、銃の扱いは心得ていた。

 曽我から米軍のM16A2小銃を受け取ると、銃口に手錠の鎖を押し当て、一発空に向かって射撃した。すると手錠の鎖が弾き飛ばされ、両手が自由になる。


「半年分の恨み、晴らさせてもらうぞ!」


 曽我と大森は、共に連携して防衛隊側に銃弾を撃ち込んだ。

 見れば、真っ白いユキちゃんに跨がった幸は、既に遙か遠方で単身交戦中だ。

 

「まったく、キリが無いわね」


 そう言うと、先ほど大森から受け取った拳銃も撃ち尽くし、いよいよ短剣だけが唯一の武器となった。

 幸は弾切れになった拳銃をもう一度よく見ると、あることに気付いた。

 それは、あの懐かしい練馬の自宅で、ラジワットがチンピラを叩き切った時に持ってきてしまった拳銃だ。これがここにあると言う事は・・・・


「ねえ、キャサリンさん! 居るんでしょ? 出てきてよ!」


「もう、仕方がないわね、本当は手伝っちゃダメなんだからね」


 時空間の一部が歪むと、時空間転移装置であるMOM(モーム)とともに、キャサリンが出現する。それを見たハムザ少佐が、目を丸くしながら何度も見直す。


「ダメよ、このことは秘密なんだから・・・・あら? あなた、転移者かしら?」


 一瞬で現れたこの人物も、立花 幸と同じ種類の人間なんだとハムザは直感した。そして、自分が転移者である事を、一瞬で見抜いたキャサリンという人物に対し、これほど好奇心をくすぐるものは無いと感じた。


「ねえキャサリンさん! そんな話は後で! どうするの?」


「大丈夫よ、ダミーの救難信号を送っておいたわ」


「ダミー? 救難信号? 何処へ?」


「もちろんアメリカ軍よ」


「いや、これ、極秘ミッションですよ! 多国籍軍が来ちゃうじゃないですか!」


「え? ダメなの?」


「ダメですよ! なに考えてるんですか! こんな所でイラク側とアメリカ側が極秘会談しているのが多国籍軍側にバレたらどうするんですか!」


「でも、まあ、なんとかなるわよ」


 そうは言いつつ、キャサリンが発した救難信号は、・・・・救難信号では無かった。


「大変です! ブロークン・アローです!」


 機内に居た倫子が聞き返す「なんですか? それ?」と。


「いや、ブロークン・アローですって! 来ちゃうんです、みんな!」


「みんな?」


「・・・・全軍が、です!」


「・・・・えー!!!」


 倫子がヘリの窓からサウジアラビア方向を見ると、地平線を覆い尽くす規模の砂塵が舞い上がっていることが見て取れた。

 

「曽我さん! 大変です! 多国籍軍が、なんかブロークン・アローしています!」


「えっ、ブロークン・アロー?」


 曽我に続いて、リックも驚きの表情を浮かべる。これほど高度な情報の現場に、一体だれがブロークン・アローなどという暴挙に出たのか。

 ブロークン・アローとは、米軍内で非常事態を緊急通報する時のシグナルで、発信元に対する全力支援が開始される・・・・全力の。

 しかし、キャサリンが言うとおり、それは良好な効果をもたらした。

 砂塵の異常さに気付いた共和国防衛隊は、慌てて後退を始める。乗ってきた乗り物が既に破壊された兵士などは、もはや走って逃げ出す始末。

 なぜならこの砂塵の正体は、つい先日イラク陸軍を壊滅に追いやった多国籍軍地上部隊であるのだから。 

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