第262話 シナリオには無いぞ
「まったく・・やられたよ。俺たちまで騙すとは。フリーマン准将も、お人が悪い」
リック少佐が、皮肉混じりにそう言うと、ハムザ少佐もバツが悪そうにしている。
「いや、ナキブ少将もそれはご存じの事と思いますが」
「ハハハ、こうなってはもはや隠せませんな」
倫子は、一人まったく会話に付いてこれないと言った表情だ。
自分も一応、CIAの準職員と言う立場ではあるが、実はその他のCIA職員と接触した事が無かった。情報関係の人間と言えば、もっぱら陸軍情報部のジョルジュ・リック少佐がメインだ。
そんな中、寝返ったと考えていたハムザが、実はCIA職員で、その上司がフリーマン准将だったという笑えない話。
フリーマン准将もナキブ少将も、実は裏での利害は一致していたのである。
そんな時、レディ・セシルは微かな声のような何かを聞き取ったように感じた。それは(気をつけて! 来るよ!)と言う声だった。
「ハムザ少佐! おかしいです、こちらにかなり大規模な部隊が接近しています!」
見ると、バグダット方向より、かなりの規模の部隊がこちらに向かっているのが見えた。地上部隊だけではない、恐らく複数の航空機を伴っての機動、陸軍が壊滅した今、これほどの規模の部隊とは。
「(イラク)共和国防衛隊だな。曽我さん、大森を返すので、受け取ってくれ」
「おい、人を物みたいに言うな!」
「大森、済まなかったな、日本で達者に」
「それは、この状況を脱した後に言ってくれ」
確かに大森の言う通りだ。この極秘会談を察知して、部隊を向かわせる、目的はアメリカ交渉団の拿捕に間違い無いだろう。
この交渉が、ここで決裂してしまえば多国籍軍のバグダット進行を、もはや止める手段が無い。だからこそ、ハムザはこの段階で人質を返したのだ。
大森が見上げると、既に共和国防衛隊のヘリが数機頭上を旋回している。
ヘリは急速に降着すると、中からかなりの数の兵員が降りてくる。
「おいおい、こんなのシナリオには無いぞ」
リック少佐も、さすがに青ざめる状況だ。アメリカ交渉団は、この規模と戦えるほどの戦力を連れてきてはいない。
「大丈夫だ、俺たちも共に戦う。この交渉だけは成立させないと」
ハムザが道路を渡って、アメリカ側に行くと、それに倣って他の内務省職員も同じ方向へと合流する。
しかし、イラク内務省とアメリカ陸軍情報部の手持ちは、小銃程度の護衛火器のみである。
大森がアメリカ側に渡り、手錠を外そうとした時だった。突然両手に違和感を覚えた。手にはノスタルジーな雰囲気の拳銃が握られていた。
「・・・・トカレフ? なんで?、今、急に手の中に・・・・街のチンピラではあるまいに」
大森はそう呟くと、こんな物質を転送出来る人物を、もはや一人しか思い付かなかった。そして、何かを察したように大声で叫んだ。
「立花君! 受け取れ!」
そう言った大森は、手錠を着けられたまま、旧式の拳銃を思いっきりレディ・セシルに向け放り投げたのである。
「え? 幸ちゃん? どこ? どこにいるんですか、大森さん」
倫子は大森が拳銃を投げた方向を必死で探す。そんな最中、レディ・セシルは大森の投げた拳銃を掴み、そのまま共和国防衛隊の兵士にその銃口を向ける。
「この交渉だけは、絶対に邪魔させないわ!」
セシルがそう言うと、拳銃と防衛隊の銃口は向き合って止まった。
そんな拮抗した空気を破壊するように、レディ・セシルは足下から強烈な光を放ち始めた。
「ま、まさか・・・・あの人って」
倫子が目映い光を、目を細めて見ていると、先ほどまでアラブ系の美女だったレディ・セシルが一人の日本人少女へと変化したのである。
「・・・・幸ちゃん!」
そこに現れたのは、立花 幸であった。それも、バンコクで別れた時に着ていたセーラー服にマント、部分防具に短剣姿で。
倫子は思った。やはり幸は自分のヒーローなんだと。
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