第261話 ロナルド・フリーマン准将

「ハムザ少佐、空軍より、我彼不明の航空機×3機が、サウジ方向よりこちらへ向かっているとの事です」


「識別コードは?」


「はい・・・・それが、我が軍の識別コードです」


「なら問題ない、今日の交渉相手だ。空軍に、問題ないと伝え、対空攻撃しないよう伝達しろ」


 いよいよアメリカ交渉団がこちらへ来る。

 ハムザは昂揚を抑えられずにいた。それは敵味方の話ではなく、歴史が大きく動く瞬間であることに対してだ。


「レディ・セシル、貴女は後方へ下がっていてください、一応安全の確保をしますので」


「私は大丈夫。それより、捕虜の扱いを気をつけた方がいいわね」


 ハムザが見ると、両手を前で手錠を賭けられた大森の姿があった。

 苦笑いしている大森を見て、彼もまたこの状況を理解している事を察した。

 サウジ方向からの機体は3機編隊。極秘交渉だと言うのに、アメリカと言う国は何でも大きく動く。

 砂漠のハイウェイを境に、イラク側の航空機とアメリカ側の航空機が向き合うように降着する。

 激しいダウンウォッシュが砂漠の砂を巻き上げる。一瞬なにも見えなくなり、その場に居た者は全員顔を覆った。

 砂を巻き上げながら、それでもメインローターの動力を切らないアメリカ側。イラク交渉団のヘリは、完全停止している。


「あいつら、マナーだぞ」


 アメリカ側の航空機から、砂塵にまみれながら、数名の人物が降りてくるのが確認出来る。ハムザはそれが、曽我 典明とジョルジュ・リック少佐だという事はすぐに解った。しかし最後に降りてきた人物を見て、ハムザは衝撃を受けた。


「ロナルド・フリーマン准将?」


 こちらも少将級が来ているものの、この交渉は非公式なものであり、大変危険な場所での交渉だ。そんな場所に合衆国陸軍の准将が直接来るなんて。フリーマン准将は、陸軍情報部の中ではかなりの高官だ。

 そして、その後方に降りて来るのは・・・・女性のようだった。

 その女性を見たとたん、レディ・セシルは一瞬驚きの表情を浮かべたように見えた。セシルは、その人物の名前を呟いたように見えたが、まさかアメリカ人に知り合いもいないだろう。

 ゆっくり歩み寄るアメリカ交渉団。フリーマン准将が右手を高く掲げると、3機のヘリはメインローターのエンジンを切った。

 イラク側は、これが公平な交渉のテーブルである事を理解した。

 メインローターを切る、これはお互いに相手を信頼していなければ出来ない行為だ。もし相手が交渉決別で裏切った場合、緊急で離陸する事が出来なくなる。一度切ったローターを再び回転させるには、少し時間を要するからだ。


「ようこそイラクへ。私は内務省のアル・ナキブです」


「これはご丁寧に。合衆国陸軍准将ロナルド・フリーマンです。失礼、そちらの女性は?」


 その答えは、ハムザ少佐が回答した。


「はい、レディ・セシル、内務省の協力者で、今回の交渉を提案した女性です」


「おお、ムハンマド・ハムザ中尉・・こちらでは少佐だったね。連絡ありがとう、元気にしているかね?」


 大森は、この会話が一体なんなのか、とても不快に感じていた。アメリカを裏切った情報部員に対し、この准将は何故これほど穏やかな態度が取れるのか。本来であれば、処刑対象ですらある。


「はい、元気にしております。フリーマン閣下」


「よく言うよ、こちらを裏切っておいて。それでいて暗号コードはそのまま使うなんて、図々しいなムハンマド!」


 嫌みも兼ねてリック少佐が聞こえるように言い放つ。

 隣の曽我 典明は、侍の如く無表情のままだ。

 その後ろには、一度見たことがある女性がいる。確か遠藤 倫子という日本人、立花 幸の幼なじみのはず・・・・何故こんな所に?


「今日の交渉は、我々が国境を越えて将来設立するであろう「神の国家」構想に関して、でよろしいか?」


「ええ、その通り。私たちアメリカ中央情報局は、あなた方の新国家設立を支援します」


 その一言を聞いて、リックと典明の二人は耳を疑った。反対側では、大森も同じ表情を浮かべている。


「フリーマン准将、今、CIAアメリカ中央情報局と仰いましたか?」


「ああ、この事業はCIAの直轄事業だよ。黙っていて済まないね」


 すると、今度はハムザが驚いた表情でフリーマンに聞いた。


「フリーマン閣下・・・・よろしいのですか? その、これだけの人間が、聞いておりますが」


 ムハンマド・ハムザ少佐 この時、その場に居合わせた誰もが、彼とフリーマン准将がCIAのメンバーであることに気付くのである。

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