第260話 まさかパラシュートで
「・・・・あの、これって軍用機じゃ」
「ああ、合衆国の特別機だ。大丈夫、、撃墜なんてされないから」
いや、撃墜されなくても、こんな軍用機、人生初だ。第一とんでもなく恐ろしいと倫子は思った。
典明に言われるがまま、バンコクから少し離れた場所にある「ウタパオ海軍航空基地」へ来てしまった。
ここには、アメリカ空軍が準備した特別機が駐機されており、明らかに異様な光景である。
これまで民間航空機しか乗ったことのない倫子にとって、この軍用機は意外な乗り物である。
機内に入ると、なんと言うか、とにかく優しくないのである。座席もクッションが入っていないただの布、パイプにベルトを通して強引にクッション性を上げただけの無骨なシート。
機内の壁は、なんだか骨組みやパイプがむき出し、音も酷い。
「この飛行機は、空挺降下でも使える機体なんだ」
典明が、そんな事を自慢げに話す。いや、全然興味がない。いや、本当に。
聞けば典明も米軍に入った頃、情報部の基本訓練で空挺降下の科目を受けた事があるらしく、この機体を懐かしそうに眺めていた。
・・・・ああ、本当になんで自分はこんな飛行機に乗っているんだろう。
「あの、まさかバグダット上空からパラシュートで飛び降りろなんて言いませんよね」
「ハハハ、まさか! 基本降下訓練を受けていない人を落とすなんて無茶はしないよ。あれは簡単そうに見えて、素人が降りると着地の衝撃で骨折しかねないんだ」
もう・・本当に怖い。
なんだ骨折って。ここで言わなくても。
「この飛行機は、何処へ向かうんでしょうか?」
「サウジアラビアだ」
「サウジ・・・・」
倫子は、サウジアラビアと聞いても、OPEC? 石油輸出国機構? それくらいしか浮かばない。受験で覚えた以上の事は、中東の事は詳しくはない。そもそも興味がない。
そんな所に私は行くんだ・・・・アメリカ合衆国の依頼を受けて。
英語の機内アナウンスが鳴り響くと、ハッチが閉鎖され警告灯が点灯する。いよいよ離陸だ。
お父さん、お母さんは、このことを知らない。きっと聞いたら即倒するだろう。
なんだか真理子と一緒に料理を作っていたことが、随分前の事に感じられる。
また、必ずバンコクに戻ってくる、幸ちゃんとともに。
アメリカ空軍のCー130輸送機が、ウタパオ海軍航空基地を飛び立つ。やっぱり飛び方も優しくはなかった。
「本当に来るんですかね、ハムザ少佐」
「ああ、必ず来る。彼らにとっても、この戦いが今エスカレーションする事は好ましくない」
レディ・セシルの助言を受けて、ムハンマド・ハムザ少佐自信も、現状の分析に取りかかった。
すると、確かにセシルの言う通り、この戦いにはアキレツ腱と言える多国籍軍の弱点が路程したのである。
彼女が最初に示した現状分析の中に「多国籍軍の強さに比して、志気が低い」という部分に着目した。
あの100時間戦闘の後、結局クウェートは解放された。つまり、交渉次第ではアメリカも多国籍軍も、戦略目標を得たことになる。
このタイミングで、多国籍軍がこのままイラクに留まり続ければ、志気の低い彼らは内部から崩壊する。
これは、巨大組織故の弱点とも言える。
考えようによっては、彼らの方が100時間以上の戦いが困難だったとも言える。そう、彼らの電光石火の如き戦いは、志気が継続出来る限界時間だったとも言える。
ハムザは、この予想が当たっていれば、かなりの好条件で交渉を進める事が出来ると踏んでいた。
その証拠に、彼らが要求してきたのは、捕虜となった大森と立花 幸の身柄引き渡しである。
「ハムザ少佐!」
バグダット方向から、大型のヘリが一機こちらに向かってくる。
「ナキブ少将・・・・本当に来るとは」
アル・ナキブ少将が、内務省を代表して、アメリカとの交渉場所へ直接訪れた。将軍級が直接現地に訪れる、内務省がこの交渉に対して、如何に生命線を賭けているかが伺える。
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