第259話 「神の国家」構想
「レディ・セシル、どうやら貴女の言った通りになった。こうなっては、貴女の提案を、我々は全面的に支持せざるを得ないでしょう」
議長をつとめるアル・ナキブ少将が、神妙な面もちで口を開く。
集まったメンバーは、先の会議とほぼ同様であったが、その表情は一変していた。
なにしろ、世界第3位であるイラク陸軍機甲軍団が、セシルが言った通り100時間で壊滅してしまったのだから。
前回の会議に参加したメンバーの多くは、まさか本当に100時間で決着が着くとは思っていなかった。
長期戦に備え、外交カードをどう切るか、そんな事も議論されていたほどであったが、結果はこの通りである。
こうなると、あの壮大にして考えにくいと思われていたレディ・セシルの提案を受け入れざるを得ない所まで、内務省も追いつめられていた。
「レディ・セシル、本当に貴女の案で、多国籍軍のバグダット占領を食い止める事が出来るのですね」
「ええ、大丈夫です。この後、交渉団が某所へ向け移動します。ここからが、内務省の本領発揮と言えますわ。どうか、首尾良くお願いします」
これだけのメンバーが顔を揃えている中で、もはやレディ・セシルが完全にこの場の空気を支配していた。
正直、地上戦が始まる前までは、このセシルに対して、まだ懐疑的な人間が多かった。しかし、今や彼女の発案を軸に、今後の検討に入った内務省。
イラクの地上戦敗北は、誰もの予想に反する圧倒的な敗北である。
この100時間経らずで、将兵約12000名が戦死し、戦車は3847両が撃破された。それにも関わらず、アメリカが被った被害は、戦車4両のみであり、それもアメリカ軍同士による誤射での損害である。
つまり、イラク軍が撃破したアメリカ軍戦車は、事実上皆無であった。
これは、当時の軍事バランスを大きく覆す大事件となり、東西の軍事事情に多大な変革をもたらす結果となった。
こうなると、当のイラクとしても、新たな手を打たなければならないという点では一致していたが、内務省、とりわけセシル案が大統領の耳に入ったのはつい先ほどである。
「それで、大統領はなんと?」
「ええ、大変な興味を示しつつ、複雑な感情を処理し切れていないようなのです」
無理もない。地上戦に絶対の自信を持っていた所のこの有様だ。
今や、サダム・フセイン政権は風前の灯火と言えた。イラク陸軍を壊滅に追いやった絶対的な力、それが今、バグダットに向けられようとしている。
「しかしレディ、本当に貴女の言う方法で、アメリカは納得するんでしょうか? 我々には、アメリカに何のメリットがあるのか、皆目検討が付きません」
「そう思うのも無理はありません。それでも、アメリカには考えがあるようですわ」
レディ・セシルが彼らに伝えたバグダット進行阻止計画は、かなり非常識なものであった。
それは
1 現イラク政権内の主要閣僚、官僚により、多国籍軍がバグダットに進行するより前に、武装を放棄して撤退する。
2 その後、歩兵によるゲリラ戦を展開し、イラクとその周辺国の石油関連施設を奪取する。
3 油田を手中に納めた後、現政権が持つ石油輸出関連のノウハウを活かし、原油を販売し資金を得る。
4 その資金により、大量の武器を購入し、兵員を集め、イラクと言う国境を越えて、この地域一帯に「神の国家」を誕生させる。
5 その「神の国家」により、イラクは再び現政権により奪還され、更に同じ宗教国家を統合した、巨大な連合国家を樹立する。
6 その連合国家により、再びアメリカに対し、宣戦布告する。
このようなアメリカが激怒するような発案をアメリカに提示するとで、セシルはバグダット進行を10年遅らせる事が出来ると言うのである。
内務省はもとより、ほとんどの者がこの時点でなぜアメリカがこのような案に同意すると、セシルが考えているのかが理解不明であった。
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