第242話 自分が必ず守らなければ

 キャサリンは、再び大森に幸をくれぐれも頼むとお願いすると、静かに消えて行った。


「相変わらず、怖いな・・・・キャサリンさん」


「私、やっぱり慣れません」


「あの人が、キャサリンさん? 普通の人に見えたけどな」


 佐々木だけは、キャサリンの存在に懐疑的である。無理もない、いきなり出て来て未来人です、と言われた所で、実際にUFO時空間転移装置を見た大森と倫子のように全てを信じる事は出来ないだろう。

 幸は、物質伝送要領を教えてもらったことで、大分安心することが出来た。いくら武術に秀でていても、これから行く場所は軍隊が侵攻を計画している場所だ。そんな所に女性が丸腰で行く事は極めて危険な事・・・・まあ、短剣があってもその危険性は大して変わらないのではあるが。それでも幸の中で、ラジワットの短剣があれば、自分はラジワットに守られているような気がして心強かった。

 本当は、昼間に値段を聞かれたショックもあって、今日は短剣を抱いて寝たいところであったが、まさかそれをキャサリンに言う事も出来ず、寂しい夜を堪えていた。

 こんな夜は、やはりラジワットに会いたくなる。

 それでも、幸は耐えた。ラジワットが生き返ってさえくれれば、それでいいと決めたのだから。


 翌朝、幸と大森は、早速出国に向けた準備を始めた。

 いくつかの経由地を経て、バクダットへ直接乗り込む算段だ。

 もちろん計画などない。しかし、まずは現地の状況を確認し、イラクがクウェートへ侵攻した後の伝手を作る必要がある。

 同時に佐々木も日本へ帰国する。そのため、倫子は当面このマンションに一人で居ることとなる。

 幸は親友が異国に一人で住む事をとても心配した。


「ねえ、倫子ちゃん、着替えは大丈夫?、具合が悪い時は連絡員さんに言って、ちゃんと病院に行くのよ! それと残り物だけど、夕飯のおかずは冷蔵庫の中に」


「ちょっ、ちょっ、幸ちゃん、あなたの方がよほど危険な所に行くんだから、心配するのは私! 逆! それに幸ちゃんは、私のお母さんじゃないんだから!」


 大森と佐々木は、ただ笑うしかなかった。本当に幸がお母さんにしか見えない。

 きっとマリトに対しても、同じように愛情を注いだんだろうと、大森には容易に想像できた。

 それ故に、なんだか幸の事は自分が必ず守らなければならないと、一層奮起した。

 そして、自身も必ず帰り、真理子と二人の生活を始めるのだと。


 空港に到着すると、ムハンマド・ハムザ中尉が手を振ってこちらを待っていた。

 

「お久しぶりですね、ハムザ・・・・さん」


「ええ、私は訓練所を一足先に抜けましたからね」


 ハムザ中尉は、幸の訓練を担当していたが、終盤には一足早く抜け、イラクへ潜入していた。

 もっとも、潜入と言うより、単に入国して、幸達の受け入れ準備と、現地CIAスタッフとの調整をしていたのである。


 ドンムアン空港を後にし、飛行機は急速に空へと舞い上がる。窓の外には、ぶ厚い雲に覆われたバンコクの町並みが見えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る