第243話 革命記念日

 7月14日、幸ちゃんと大森さんがイラクの首都バクダットを目指して旅立ってから、もう2週間以上が経過していた。

 このマンションにも、早々と電話が引かれ、私は日本の両親や友人との会話には全く問題なく生活が出来ていた。

 マンションの住人は、私のような18歳の女子大生が一人で、これほど大きなファミリータイプのマンションに住んでいる事が、かなり不思議な事らしい。

 面倒なので、家族は一時帰国中、という事にしてある。

 間違いがあるといけないので、電話はファックス兼用を選んだ。この街のデパートには、日本製の物が何でも揃う。

 慣れてくると、日本食レストランや日本人の知り合いも出来てきて、なんだか楽しい。

 食べ物も日本人の口に合うし、最初は日本食が恋しくもなったが、今では屋台のご飯も食べるようになった。

 ただ、一番の問題は、幸ちゃん達からの連絡が、一切無いと言う事だ。

 皆が居た時に電話を契約したから、電話番号は忘れていないはず。

 佐々木君に電話でその話をしたら、心配して「そっちに行こうか?」と聞いてきてくれたが、流石に帰国してすぐに来てもらうのは悪いと思った。

 随分おかしなことになったもんだと私も思う。

 ここの電話代も、米軍から手渡されたお金の中から出しているので、事実上かけ放題に近い。

 一応、パソコンも一台置いてはいるが、正直あまり詳しくはない。佐々木君が選んでくれたものではあるが、マッキントッシュのパソコンは触るのも初めてだ。

 テキストを打つのも遅いので、今はもっぱら、描いたイラストに着色したり、加工したりして遊んでいる。

 基本的に好きな事をして過ごす自由な日々。何らストレスが無いはずなのに、幸ちゃんの事を思うと心配で夜も寝つきが悪い。

 そんな夜は、一人寂しく天井を眺めている。深夜にテレビを点けても、現地のテレビでは全く面白くない。

 そんな時は、日本人向けにやっているレンタルビデオ店が本当に役に立つ。

 日本では考えられないが、日本のテレビ放送が録画されて、こちらではレンタルされている。

 毎週のように見ていた番組も、こちらでは少し時間差で見る事も出来るし、雑誌も少しだけタイムラグがあるけど、読む事は出来る。

 大森さんが言っていたように、ここは本当に外国人には過ごし易い環境なんだと思う。

 そんな、こちらでの生活がようやく軌道に乗り始めた頃の事だった。日本で一度お会いしたジョルジュ・リック少佐がマンションを訪ねてきた。


「あら、珍しいですね・・・・情報関係の方が、直接ここに来るなんて」


 無理もない、元々米軍やCIAと接触をしないよう釘を刺していたのはあちらの方なんだから。

 いつも陽気なリック少佐が、明らかに真剣な表情を浮かべている事が解ると、私の背筋は凍り付いた。


「どうしたんですか? 幸ちゃんと大森さんの事で、何かあったんですか?」


「まったく、今日はフランスの革命記念日だと言うのに・・・・」


「すいません・・・・革命記念日と何か関係があることなんですか?」


「ああ、すまない、私の家系はフランス系なものでね。いや、まったく関係の無い話だ」


「・・・・どうしたんですか? 今日はお一人ですか?」


 リック少佐は、少しの沈黙の後、中に入ってもいいか? と聞くので、リビングに通してお茶を淹れた。


「ありがとうミス・遠藤。君の合衆国に対する厚意を、心から感謝する」


「随分大げさですね・・・・あの、幸ちゃん達に、一体なにがあったんですか?」


 リック少佐は、私の淹れたお茶をゆっくりと口に運ぶと、機械的にそれをテーブルに置き、私にこう話した。


「作戦は中止になった。このマンションも、もう不要だ。引き払うなりそのまま使うなり、好きにしてくれていい」



 どうやら、私の予感が的中したようだった。

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