第240話 発信器なんて、そんな

「大森さん、さっきのって?」


「ああ、多分、イスラムの問題児だな」


 大森は、あえて国名こそ出さなかったが、以前聞いていた、イスラム教徒の中でも、金持ちのアラブ人は、国外でイスラムの戒律を犯して豪快に遊ぶ者もいる。そんな連中に幸は現地の娼婦かなにかと勘違いされ、声をかけられたのだろう。

 幸は、やはりそんな事だろうと思ったが、やはり男性から直線的に性欲を向けられる事には、まだまだトラウマだ。


「幸ちゃん、ごねんね、私の服のセンスが良くなかったから・・・・」


 倫子はかなり本気で落ち込んでいる。

 親友として、彼女なりに自分を思っての事であろう。

 幸もその部分を攻める事は出来なかった。


「あのね、今度からは幸ちゃんが見えないように注意して選ぶね」


 ・・・・ああ、選ぶ事は止めないんだ、と幸は思いつつ、正直あの戦闘中の動き安さは魅力的で、正直見た目の問題が無ければ着続けても良いとさえ思えた。

 4人は、自分たちの部屋に戻ろうと言うことにしたが、今後の事を考えて、出来るだけ自炊しようということになった。

 バンコク市内には多くのスーパーもあり、とりあえず当面の買い出しをすることとした。

 初めて入る日本以外のお店。

 異世界に居た頃も色々な店には入ったが、現世で外国の店は初めてだ。

 商品はもちろん全て現地語であるため、正直商品が何なのかよくわからないものの、缶詰や乾麺など、なんとなく調理が解りそうなものや野菜類を中心に買い物をしていった。

 そんな最中、幸の視界に、見慣れた人物の顔が入ってきた。その人物は、日本ではきっと目立つであろうが、この国では不思議と違和感なく溶け込んでいた。


「あれ? キャサリンさん?」


「お元気?、フェアリータちゃん」


 すぐに、大森や倫子もキャサリンに気付く。大森は・・・・かなり警戒して周囲を確認する。

 するとキャサリンは笑いながら「大丈夫よ」と一言。


「いえね、出国するとは聞いていたんだけど、あなたから預かったものの、転送要領を伝えていなかったと思って、こっちへ戻ってきたの」


「よくここが解りましたね、マンションじゃなくて、スーパーって・・・・もしかして、私に発信器でも付けているんですか?」


「発信器なんて、そんな・・・・大げさなものじゃ無いわよ」


 ああ、大げさなだけでないだけで、付けてはいるんだ、と幸はガックリしてしまった。次から次ぎへと、どうして自分の周囲の人たちは私に色々と付けたがるのだろう、と呆れ顔だ。

 この調子じゃ、CIAも私に何か付けているんだろうな、と。


「それより、これから私たち、マンションに帰って夕飯にしようとしていたんです、キャサリンさんもご一緒にどうですか?」


「あら、いいの? フェアリータちゃんのご飯なんて、久々ね! 嬉しいわ! では、お言葉に甘えて!」


 たしかに、キャサリンと最後に食事をしたのは、ロンデンベイルでマッシュやサナリア達との最後の晩餐だった。

 あの頃はラジワットとマリトも一緒で、なんだか楽しかった。

 考えても仕方がないことだが、あの日に一緒にいたメンバーが一人でも夕食を共に出来る事は奇跡に近い。

 本当は泣きたいくらいに嬉しくも寂しい状況であったが、幸にとって、それは自身にしか関係の無いことで、誰かと共有するべき話ではないと思っていた。

 人より多くを経験し、多くの出会いと別れを繰り返す人間は、その分の孤独とも向き合わなければならない、そんな風に幸は考えていた。

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