第234話 私からお願いが
横田基地へ幸が連れて行かれてから、一ヶ月が経過した。
季節はもう6月に入り、かなり蒸し暑い。
倫子と再会した頃は、まだ肌寒いくらいであったから、季節の移ろいは早いと感じる。
日本に戻ってから、幸は日本が本当に四季の美しい国だと感じていた。
まず、オルコにもタタリアにも、長い冬と短い夏があるだけで、春や秋を楽しむ余裕は無かった。
ましてや、あの地方には雨期がない。それ故に、日本の6月は本当にスイッチを入れたように雨が多い。
オルコ帝国やドットス王国も、これほど梅雨が長ければ、もっと穀物も穫れた事だろう。
日本は、本当に水の国だ。まずこの水田の概念が凄いと感じる。
大地を水で満たした水田が覆う。こんな事、オルコでは考えられない。
幸は、訓練先であった座間キャンプへの行き来の際、車窓からそんな事を考えながらいつも移動していた。
これは、人目を気にしてのことか、移動は最初に横田へ行った時を除き、毎日典明の車で行われた。
これならば、典明の妹か奥さんに見えなくはない。
座間キャンプでの指導役には、自動的にリックと典明、そしてあの日にアラビア語を話した中東系のアメリカ軍将校が付いてくれた。彼はムハンマド・ハムザ中尉、アラビア語を話せる事から、最近情報部へと引き抜かれた将校だ。
そして今日は、久々に大森と倫子、佐々木を呼んで、夕食会が予定されていた。
仰々しいのは苦手なので、今回も創世館で真理子の手料理を食べながら、と言う流れになった。
もちろん、仲良しこよしの夕食会ではない。その場にはリック少佐も同席である。
「そう言えば、大森さんと倫子達は、リックさん、初めてだったわね」
3人は、明らかに毛色の異なる賓客に、少し困惑ぎみであった。
いや、リック少佐だけは、やはり異様なオーラを出している。この武道場にあって、やたら西洋人なのだ。
本来、情報を扱う人間が、違和感と言うオーラを出している段階で落第点ではあるが、さすがにこの場に馴染む事は困難であろう。
「で、そのリックさんは、一体何者なんだ?」
「そうですね、夕食会にはまだ時間がありますから、自己紹介をします。アメリカ合衆国陸軍少佐ジョルジュ・リックです、典明の同僚になります」
「ほう、同僚ですか・・・・」
大森は、目で典明に合図する。当然リック少佐もそれは視認しているのだが。
「ハハハ、少し警戒させてしまいましたね、大丈夫、私たちは皆さんの味方です。事実、ミス・タチバナも我々の組織で訓練を受けて来ました」
「おい、立花君、本当なのか?」
「それで、連絡がなかなか付かなかったのね」
今日の集まりが、その後の行動に大きく影響する内容であることが、幸の表情から伺えた。だから、幸もその事情と経緯をみんなに話す必要があった。
「ごめんなさい、今まで内緒にしていて。この一ヶ月、私は米軍から様々なレクチャーを受けながら、訓練をしていたの。でもそれは、私と彼らの利害が一致していることの証明ね・・・・そこで、今日集まってもらったみなさんに、私からお願いがあります」
幸のその一言に、一同は逆に緊張が走った。この状況でのお願い、絶対に危険な事に決まっている。
「まずは倫子ちゃん、貴女には東南アジアまで、私と一緒に来てほしいの」
「えっ、東南アジア?、中東ではないの?」
「ええ、中東までは流石に女性は危険だわ。その代わり、経由地のタイ王国で、私をサポートしてほしいの」
間髪入れずに、リック少佐が不安そうな倫子に一言添える。
「君の滞在中、身分と生活と安全の全ては、アメリカ軍が保証する。ただし、アメリカ軍が直接君と接触する事はない、あくまでもミス・タチバナのバックアップサポートをお願いしたい」
「あの・・・・、僕は?」
佐々木が不安そうに聞いて来る。もちろん倫子について行き、彼女の安全を確保したいところだが、あいにく喧嘩は苦手なタイプだ。しかし、答えたのはまたもやリック少佐だった。
「大丈夫、君は日本でのバックアップに着いてもらうので」
佐々木は、少しホッとしたものの、倫子一人で東南アジアへ行かせることには、激しい抵抗があった。
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