第233話 君はいい、最高だよ
「ご丁寧にフリーマン准将、私は立花 幸です」
「ほう、英語がお上手ですね。まるでネイティブだ」
これは、どうもキャサリンの存在を知っているかのような部分に言及している。かなり調査が進んでいると見ていいだろう。
「ええ、かなり勉強しましたので」
「ほう、後から勉強したような英語ではありませんね、もしよろしければ、本当の事を教えてもらえませんか?」
「残念ですが、お断りします」
すると、後ろに控えていた男の一人が、幸に語りかける。
[それは残念ですね、ミス・タチバナ 今度中東にご一緒いかがですか?]
[ええ、それは名案ですね、是非ご一緒したいですわ]
フリーマン准将は、笑顔のままだ。言葉を理解しているのだろうか。今の会話はアラビア語のはず。
「おい、ムハンマド?」
「はい、間違いありません、現地のMSA(現代標準アラビア語)です。それも相当にネイティブです」
幸も解っていた。ここの人間たちが、アラビア語で話しかけてきた時点で、確認したいのはその言語力だ。
普通、後から学んだ語学には、元々の言語の癖が強く出る。
幼少期に、英語と日本語を同時に教えれば、ネイティブのように二カ国話せるようになると勘違いしている親が居るが、それは大間違いなのだ。
脳が認識出来る基本となる言語は一つと決まっている。それを無理に二カ国語にしようとすると、脳の発達に影響が出る場合もあるほどに。
故に、多の言語を収得している人間にはすぐに解るのである。幸の言語が、後から学んだ言語にしては異常だと言うことを。
幸もそれを理解した上で、この会話に乗っていた。
それが、自分を中東に派遣する最短コースだと考えていたからだ。
「まったく、頭の良いお嬢さんだね。そう、君が考えている通り、私たちはこのイラク軍の行動を慎重に考えている。そして、その工作を行うエージェントを求めている。君の言語に関する成績は十分なレベルだ。あとは・・・・」
「理解が早くて助かります。私の目的は、現地に行ってこの戦争をあるタイミングで終結させることです。その辺りはどうですか?」
「すばらしい! 君がもし、この戦争を回避させると言っていたならば、私たちは手を組む事は無かった。しかし、どうして君は戦争回避を考えなかったのだね?」
「はい、もう今からではイラク軍の侵攻を食い止めるのは不可能です。ならば、あとはどうこの戦いをどう収めるか、それしかありません」
再びフリーマン准将は笑顔で幸を見つめる。
本当に怖い人だ。情報関係の人は、その瞳の奥に、何を隠し持っているのかが解りにくい。もちろん、次に何を言わんとしているのかも。
「そうですか。君は合格です。どうだい? 我が軍で共に戦ってみないかい?」
「お待ちください准将、まさか立花さんを軍に編入させるのですか?」
「ああ、そう考えている、曽我少佐、何か異論でも?」
曽我は、少し困った表情で次の言葉を慎重に選んでいるように見えた。しかし、結局准将の言うことに反論できるような理論武装が出来ていない。
准将クラスの思考回路は、非凡なものを持っていた。いくら合衆国陸軍の肩書きを持っていたとしても、曽我の思考では太刀打ちなど出来ない頭脳を持っている。
こうして、なんら抵抗の余地もなく、幸はアメリカ軍の情報本部に準構成員として入る事となった。
そして、不満を抱えたままの曽我 典明と共に、二人はジョルジュ・リック少佐の乗る車で岐路に着いた。
「おいリック! これほどストレートに話を進めるなんて聞いていないぞ。第一立花さんも立花さんだ、どうして准将の提案に、考えもせず乗ったんだ」
「考えた先に、メリットがありますか?」
幸の一言に、リックが思わず笑い出した。
「君はいい、最高だよ。いや、誤解しないでほしいのだが、あれでフリーマン准将は君を高く評価している。それに、言語について、君は私たちに隠し事をしている。もちろん准将もそれを理解している。だから、今日この場で、君が我々の申し出を断ったならば、永久に家には帰れなかったろうね」
「リック、貴様!」
「大丈夫です、私もそれには気付いていました。リックさん、私の言語について、あなたは何処まで知っているのですか?」
「うーん、そうだね、ゲートに近いとだけ言っておこうかな」
それは、異世界との行き来、つまり時空間転移装置の存在と未来人の関与について、かなりの情報を持っている、と言う事を示していた。
幸の勘は正しかったと言える。それは、この情報機関の人間が、もはや答えに近い場所に居ることを意味し、その核心部分を欲している事を指す。
逆を言えば、幸が未来人と交流があり、米軍が今中東で行おうとしている行為と、幸が目指している目的が同一である以上、この世界最強の情報機関と軍事組織は幸の敵にはならない事を証明している。
リックは、車を創世館に付けると、明日以降具体的な作戦に関する調整と、訓練がある旨を指示し、去って行った。
「まったく、君は無茶をする」
典明が、思わず開口一番にため息混じりでそう言った。
同時に、あれほど短い会話で、その全てを語り終えてしまった頭の良さに、典明は関心しきりである。
剣術に秀でていて、頭が良く、度胸があり、性格も穏やかにして慈愛に満ちている。さすがの典明もラジワットが少し羨ましいと思えた。
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