第230話 彼女は最重要人物だ
誰かを生かすために、誰かを犠牲にする。これは神への冒涜ではないだろうか。
自分がラジワットを救うため、今目の前にいる、それも生きている真理子に、自身が死んだ世界線に行ってほしいと言うことなど、出来るはずもない。
黙り込む幸を見て、真理子も不憫でならなかった。
恐らく幸は、まだ何かを抱えていることは、手に取るように解る。
だから、今日はもうお休みしましょうと幸に提案した。
幸は、今日全てが終わらなかった事をとても後悔した。
駒を進める。
それは簡単な事ではない。
解ってはいたが、まさか真理子が生きている世界線が先に来るとは夢にも思っていなかった。
どれほどマリトの事を愛していても、真理子の犠牲の上には何も成立しないのだ。
今夜は真理子の部屋で泊めてもらうこととなったため、幸は灯りを消した部屋の中で、天井を見ながら寝られない夜を過ごしていた。
すると、真理子が突然呟く、マリトと・・・・。
会ったこともない、息子の夢を見ているのだろうか。自分はマリトの特徴も何も話していないのに。
都合の良い話しだが、全てが助かる方法は無いものだろうか。
翌朝、早い時間帯に創世館には訪問者があった。
スーツの男性が一人、アメリカ軍の軍服を着た男が二人。明らかに典明の仕事関連だろう。
真理子が朝食の準備をしている時、典明はまだ稽古着のままであった。
「リック・・・・随分早いんだな」
「ああ、こういう事は、速度感が大事だからな」
二人は英語で話しをしている。幸はキャサリンから英語とペルシア語、アラビア語をインプットしてもらっていたお陰で、まるで日本語のようにい彼らの英語が聞き取れた。
「さて、問題のお姫様を引き渡してもらおうか」
「犯人のように扱わないでくれ、当家にとっては客人だ」
「解っているな、彼女は最重要人物だ。G-2(陸軍の情報組織)が動かなくてもCIAは既に動いている。その意味は解るな、遅かれ早かれだ」
どうも、在日米陸軍は、かなり急いでいるようだ。ならばこちらから出て行こう。
「おはようございます典明さん、こちらはお仕事の関係の方・・・・でよろしいのですか?」
スーツの男は、少し驚いた表情で幸を見ていた。幸もいい加減、男性からのそのような視線には慣れていたので、またか、程度に感じていた。
しかし相手は情報関係の人物、単に幸の美貌に驚いただけではない。
「立花さん・・・・君から来るとは意外だった、紹介しよう、彼は私の同僚のジョルジュ・リック少佐だ」
「これは・・・・ミス・タチバナ、伺っていた印象と大分違いましたので、少し驚いてしまった。初めまして、リックです」
伺っていた・・・・そうか、恐らく彼がイメージしていたのは、自分が失踪した頃の写真かなにかだろう。確かに、背格好も大分変化しているから、驚くのも無理はない。
しかし、子供の成長が、それほど驚くことなんだろうか。
「確かに貴女は、異世界人のようだ。私も本物は初めてでね。ところで・・・・英語がお上手ですね」
そうか、この男は既に幸について、調査に入っているのだ。
無理もない、渡米経験もない自分が、これだけ流暢な英語を話していれば、理由は気になるところだ。そもそも、そこを気にする所が、センスが良いと言えるだろう。この能力は未来人から授かったものなのだから。
「ええ、知り合いから教えて頂きまして」
「そうですか、私もその方に会ってみたいものですな」
「残念ながら、今は会う事は出来ません」
「・・・・それは、この世界に存在していない、から?」
そうか、やはり米軍は、キャサリンや異世界について、何らかの事を知っているのだろう。しかし、ここでキャサリンの事を話す訳には行かない、約束していた許容量を越えてしまう可能性がある。
どうする? とぼけるか? いや・・・・アメリカ側が、どれだけ事実を掌握しているかも気になる。
「そうですね、そう言うことです。どうぞ、本題に入って頂いて結構です」
「おお、ならば話は早い、我々は貴女と貴女の周囲について、とても興味がある」
「それは、事と次第によります。場合によっては」
「それは・・・・取引を申し出ている、と言うことでいいのですか?」
「はい、私はあなた方と、取引する用意があります」
リックは、少し安心したように見えた。
それならばと、彼は「トップシークレットだ」と釘を刺した上で、一枚の書類を幸に渡した。
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