第229話 ラジワット君が・・・・
「マリト・・・・それがラジワット君の、息子さんの名前?」
「はい、この名前を聞いて、何か思い出しませんか?」
「そうね、そう言われても・・・・」
真理子はそう言うと、暫く考えていた。普通なら無い記憶を辿る事は出来ない。しかし幸の真剣な眼差しを見て、教師である真理子はそれを無視する事は出来なかった。
そして、意外な事が起こるのである。
「あら・・・・私、なんで?」
考え込んでいた真理子の瞳から、涙が流れた。本人は悲しいと思っていないのに、何故か涙だけが流れたのである。
幸は、きっと別の世界線に居た真理子と共鳴しているのではないか、と考えた。だから、真理子にもう少しマリトの話しをすることで、共鳴が強くなるのでは、と。
「マリト、そうマリトの名前は、真理子さんの「マリ」とラジワットの「ト」を取って付けられた名前です。マリトちゃんも、それがとても嬉しかったようですし」
幸は、マリトがかつて、自分と幸の間に子供が出来たらマリキかミユリにしたい、と言っていたことを思い出し、胸が締め付けられそうになった。
あの時は、本当に可愛かった。もう一度会って、強く抱きしめてあげたい。マリトに会いたい。
「どうしてあなたまで、涙を流すの?」
そして、幸もまた、自然と涙が流れていた。泣かないと決めていたのに。真理子の涙につられてしまったのだろうか。
「マリトちゃんは、療養所に入って、幼少期をずっとベッドの上で過ごしていました。真理子さんとも会えず、ラジワットさんも、巫女を探す旅に出ていましたから・・・・」
マリトの不遇を想い、今度はたまらない気持ちになった。あんなに健気で一生懸命なマリト。どうして彼の人生は報われなかったのだろうか。
「・・・・マリトの事で、泣いてくれて、ありがとう幸さん。彼もきっと、喜んでいると思うわ」
「違うんです、私、マリトちゃんを救う為にこの世界に戻って来たんです」
「・・・・救う?」
やはり、この話しをしなければならない。
最愛の人が死んでしまった世界。それをひっくり返して、亡くなった人を蘇らせる唯一の方法。実際にこうして、真理子だって生きている世界に、今自分は来ているのだから。
「はい・・・・マリトちゃんは、雪のタタリア山脈で山を越える事が出来ずに、亡くなりました。ラジワットさんも、オルコ国境で私の身代わりになって、私だけ逃がしてくれて・・・・その2年後に処刑されてしまうんです」
真理子は、あのラジワットが亡くなっていた事を知り、驚きの表情を浮かべた。てっきり元の世界で幸福に暮らしているとばかり思っていたのに。ラジワットと真理子の関係は、丁度マリトと幸の関係と少し似ていた。真理子もまた、素直で健気なラジワットの事を、実の弟以上に溺愛していたのだから。
先ほどの、マリトの名前を聞いた時よりも、真理子の表情は悲壮感に満ちていた。
「ラジワット君が・・・・死んだ? そんな・・・・」
「大丈夫です、私がラジワットさんを生き返らせてみせますから」
こうして、幸は時空間を歪ませ、ラジワットが生きている別の世界線へ移動する方法を真理子に打ち明けた。
真理子も、その突拍子もない話しを、真剣に聞いてくれた。それは、先ほど自身が経験した「マリト」という名前を聞いた時の既知感があったからこそ、信じられる話しであった。
「でも、今の話しだと、私はラジワット君と異世界へ行った世界線に移動する事になるのよね」
「はい・・・・そうですね」
幸は言葉を詰まらせた。何故ならその世界線に移動してしまえば、真理子が死んだ世界線に行くことになってしまうから。
さすがに、自分が死んだ世界線に行ってくれとは言えない。
幸は、慎重に言葉を選んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます