第228話 その前の記憶

「立花さん、湯加減はどうかしら?」


「はい、とても気持ちがいいです! 私の事は幸で大丈夫ですよ私も真理子さんとお呼びしてもいいですか?」


「もちろん! 幸さんは、若いのに、傷や痣が多いのね」


「ええ、私、あちらでは軍隊にいましたから」


「え?、軍隊?」


 幸は、ラジワットと共に異世界に行き、ラジワット救出のために軍に入り、巫女職として師団に同行していた事情を話した。しかし、肝心なマリトの事を話す訳にも行かず、全体を通じ、辻褄の合わない内容になってしまった。

 それでも真理子は、実の弟のように可愛がっていたラジワットの事を、心から慕ってくれた幸の事が、本当に大切に思えた。


「ラジワット君の事、大切にしてくれて、本当にありがとう あなたみたいに綺麗でしっかりした女性が傍にいれば、ラジワット君も安心ね。それで、どうしてラジワット君の救出のために、日本へ来る必要があったの?」


 やはり、色々噛み合わない。話の辻褄が合わないのだ。

 本当の事を言うべきか、ラジワットが死んだこと、マリトの存在、そして二人の死について。

 そんな悲壮感に満ちた想いは、やはり表情に出てしまう。真理子はそんな幸を察し、優しく問いかける。


「言いにくい事があるなら、無理に話さなくてもいいのよ きっと、色々あったと思うし」


 大人の女性だ。真理子は教師をしている事も、この道場のお母さん替わりをしていたことも、きっと影響しているのだろう。こうして近くに居るだけで、安心してしまう。ラジワットの近くに居るだけで、なんだか安心して眠くなるように、この人もまた、そう言う包容力があるのだろうと思った。 

 それだけに、やはり真理子には、しっかり話すべきだと幸は思う。


「真理子さん、お風呂から出た後、少し話をしてもいいですか?」


 真理子は、全てを察したように微笑んだ。

 幸は、客間を用意されたが、真理子は自室に幸を招いてくれた。

 風呂上りに真理子はコーヒーを、幸にはホットミルクを出してくれた。

 ホットミルクは、安眠効果がある、そしてコーヒーには覚醒作用がある。真理子なりに気を遣ってくれているのが良く解る。それならば、真実を語らなければ。

 

「真理子さん、これからお話しする内容は、かなりショッキングな内容です。でも、どうか私を信じてもらえませんか?」


「その言い方だと、私にも関係しているお話しなのかしら?」


「はい、この話の中心に、真理子さんがいます」


 幸は、まず5年前にラジワットがこの日本に再び単身でやって来た事を話した。そして、それはマリトと言う自身の息子の病気を治す事が出来る「巫女」と呼ばれる秘術を扱える少女を求めての事であることも。


「その巫女さんが、幸さんなの?」


「はい、私も自分にそんな力があるなんて、知りませんでしたけど、実際にマリト君の背中を叩くと、彼の止まった成長が復元されました」


「そう、あのラジワット君がお子さんを・・・・さぞかし、高貴な女性を娶ったのね」


「違います、ラジワットさんの奥様は、あちらの世界に人ではありませんでした」


「あちらの世界・・・・その言い方だと、私達の世界の誰かが、彼の奥さんみたいに聞こえるわね」


 真理子はそう言うと、クスクスと笑った。

 

「はい、こちらの世界の女性です 覚えていませんか?、真理子さん、貴女は16年前、ラジワットさんと手に手を取って、異世界へ旅立った事を」


 ついに言ってしまった。

 真理子は、最初幸が冗談を言っているのだと思っていたらしく、再び笑っていた。

 

「どうしたの幸さん、私はここにいるのだから、ラジワット君とは一緒に旅立ってなんていないわ」


「そうだとしても、私の知っている真理子さんは、ラジワットさんとともに、異世界へ旅立ったのです「マリト」という名前を聞いて、何も感じませんか?」


 一か八かの賭けである。

 幸は、もしかしたら真理子の中に、もう一つの記憶が存在しているのではないか、と考え、必死に訴え続けた。

 幸は感じていたのだ、何か一つの事象が変化すると、他も連動するように変化してしまう。

 この世界は、真理子がラジワットと共に行かなかった世界。しかし、自分と大森には、その前の記憶が残っている。つまり、この世界と前の世界は、完全な無関係ではないという事だ。

 

 それが証拠に、幸が初めて「創世館」の日本手ぬぐいをラジワットから見せてもらった時、その名は「創生館」であったのだから。


 こうして、現実世界は、少しづつ、ほとんど気が付かないレベルで変化してゆくのである。

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