第227話 創世館の檜風呂

 曽我家での夕食は、久々に楽しいものであった。

 考えてみれば、家庭の食事をこうして囲むのは、いつぶりだろうか。

 カウセルマン家? いや先日倫子と佐々木とでルームサービスの時?

 そうだ、これは懐かしいと感じるほどに久々のことかもしれない。

 貴族の食卓は、なんとなく高級感があって、団欒と言うには違う気がする。

 今日の食卓は、何と言うか、温かいのだ。そう、ロンデンベイルに居た頃のように。

 真理子の作る料理は、どこか懐かしく美味しい。不思議と、あちらの世界と似た味付けもある。

 きっと、16年前も、こうしてラジワットを含めて、毎日温かい食事で団欒したことだろう。

 そう思うと、幸は急に悲しい気持ちになった。

 この場にラジワットが居ない事、マリトが居ないことを。

 そんな幸を察し、真理子はひと段落した食事のあと、幸に泊まって行くよう促した。


「いえ、さすがにそれは悪いですよ。私、大丈夫ですから」


「だって、米軍キャンプには戻れないでしょ?、多分、警察も警戒しているわ」


 正直、それはどうとでもなった。キャンプ・ドレイクまで帰る事が出来れば、あそこは大蔵省の管理地、警察も簡単には入って来ない。しかし、真理子の優しさが幸にはとても沁みていた。

 仮に、大森に送ってもらい、どこかホテルに泊まるにせよ、今日の孤独は癒せない。

 それに、家長である宗明も、同じように泊まって行くよう勧めてくれた。


「どうしましょう、私、手荷物も何も持って来ていないので」


「それなら、さっき調別のメンバーが詫びを入れて、色々持って来ていたぞ」


 こうして、典明との接触を確認した自衛隊側も、もうこれ以上の追尾は無駄だと感じたらしい。

 どうやら、日本の調査組織は、結局のところ裏では一つに集約されており、最終的には米軍に全ての情報が行く仕組みになっているらしい。

 結局、幸達を襲った自衛隊のメンバーは、単に功を焦って単独で動いただけのようだ。

 ・・・・キャサリンが、どちらかと言えば味方、と言っていたのはこれか、と幸は思った。

 そうと知っていれば、もう少し手加減したものを。


「良かった! 私の学生証も全部入っている!」


 倫子が、安堵の声を挙げた。確かにあの部屋には全部置いて来てしまっていたから。


「でも・・・・幸さん、この趣味は、ちょっと、どうなのかしら」


 真理子が、とても言いにくそうに幸の服を見ながら困惑する。


「ち、違います!、これはなんと言いますか、衣装でして」


 もう、倫子ちゃんも、笑ってないで助けなさいよ!

 これじゃあ私が、変な服を着る趣味があると思われるじゃない。

 ・・・・まあ、今の服装も、若干どうかと思う内容だけど。

 

「それじゃあ曽我、立花君をよろしく頼む。また明日連絡するから」


 大森は、倫子と佐々木を送るため、創世館を後にした。

 本来であれば、大森と真理子の事など話したい所ではあるが、今晩は、真理子との話もしなければならないだろう。

 まさか、生きた真理子とこうして話が出来るとは、夢にも思わなかった。

 先ほど調別が届けてくれた服の中に、ジャージ上下と運動靴があった事は幸いだった。寝る時に着るものも無かったし、ずっとセーラー服にミニスカートというわけにもゆかないので。

 真理子は幸に風呂を勧めてくれた。考えてもみれば、昨晩は入浴中に襲撃を受けたため、やはりしっかりと入りなおしたかったため、とても有り難い申し出である。

 浴室は、さすが武道場の風呂場と言った感じで、かなり広い作りだ。

 恐らくは、お弟子さんがまとめて入れる作りなんだろう。きっと若い頃のラジワットも、ここで汗を流したに違いない。

 微かに檜の良い匂いが鼻を突く。こうして風呂に入っていると、ようやく日本に帰って来た気がする。

 幸の実家は、水色の古くて小さいバスタブであったから、檜風呂に入って日本を感じる事は可笑しなことかもしれない。しかし、幸も日本人、異世界のサウナも良いが、やはりゆっくりと和式の風呂に浸かると、身体の芯からリラックスできるのである。


「立花さん、御一緒してもいいかしら」


 油断して寛いでいたところに、突然真理子が入って来た。

 えっ、えっ、えっ、ここでもやはり入って来ますか?。どうも自分の人生は、入浴中に別の女性が入って来る事が多いな、と幸は思いつつ、恐らくは40歳を超えている真理子の裸体が、予想以上に若々しい事に、驚かされていた。

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