第197話 倫子のミス

「佐々木君、今日はどうもありがとう」


「遠藤さん、これからどうするの?、よかったら夕食でもどう?」


 半日も付き合わせた佐々木に対し、食事くらい付き合ってあげないと悪い気もしたが、とても食事を美味しく食べられる状態ではなかった。

 倫子は、佐々木と駅で別れ、自宅のある練馬区方向へ向け歩き始めた。

 米軍がキャンプ・ドレイクを日本に返還した後、この地域一帯には陸上自衛隊が駐屯している。

 それでも、陸上自衛隊が使用していない地域は、薄気味悪い廃墟と化して、今では大蔵省の管理地となっているらしい。


 そんな不気味な跡地を横目に、外柵が続く長い道を倫子はひたすら歩いた。

 なんとなく、今日は歩きたい気分だ。

 もしかしたら、話題の女性がひょっこり顔を出すかもしれない、いや、まさかそんな都合よくなんて。


 しかし、倫子はここで重大なミスを犯している事に気付いていない、この米軍キャンプ跡地は、とにかく夜は暗く、治安が悪い。

 うっかり引き込まれて襲われても、誰も気付かないだろう。

 そんな夜道を一人で歩く女子大生、変質者から見れば、絶好のターゲットだ。


「!」


 倫子は、そんな危険な夜道を一人歩いている事に気付きもせず、ぼんやり歩いている所を、いきなり後ろから抱きつかれ、口を抑えられた。

 声が出せない、力が入らない、というか、抵抗が出来ないほどに強い力で、真っ暗な米軍跡地へ引き込まれて行く。


 怖い!


 倫子はこれまで経験したことのない恐怖に、今後悔していた。 

 自分が浅はかだった。

 そんなヒーローのような女性に、偶然巡り会うよりも高確率で変質者に出会う事を、自分はどうして考えなかったんだろう。

 佐々木ももう電車に乗って帰ってしまった。


 助けて!


 心の中で、倫子が叫ぶが、きっとどこにも通じない。

 買ったばかりのストッキングが、ビリビリに破けているのが自分でも解る。

 そんな時だった、奥から複数の人影が動くのが解った。

 まさか!、単独犯ではない?

 グループ?

 恐怖は更に増し、倫子はパニックになってしまう。

 もはや、助けてくれるなら神様でも悪魔でも、この際なんでもいい。

 

 本当に、誰か助けて!

 

「おい、早く回せよ!」


「ちょっと待てって、俺が捕まえたんだぞ」


「ヒヒヒヒ」


 それは、まるで映画や漫画の世界に出て来る典型的なワルのセリフ。

 倫子は、もはや命が助かればそれでいいとさえ消去法で考えるほどに、追い詰められていた。

 

 抵抗する倫子の爪が、変質者の服に食い込むが、抵抗はそれが限界であった。


 変質者グループは、倫子を引きずり込み、益々奥へと運んだ。

 もう逃げたとしても、自分が何処に居るのかすら解らないほど、跡地の奥へと引き込まれて行く。

 お母さん・・・・

 古い米軍が使用していた建物に入れられ、埃とカビの匂いが充満した真っ暗な廃屋に入れられると、倫子は両手・両足をロープで縛られ、身動きが取れなくされた。


「まあ、時間はたっぷりある」


 この時代の日本に、これほどの悪が存在するのだ。

 倫子の脳裏に、監禁されて殺害された女子高生の事件が頭を過り、絶望が彼女を支配する。

 男たちがベルトを外す金属音だけが、不気味に鳴り響いていた。

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