第196話 5年もの年月

「大丈夫?、なんだか震えていない?」


 倫子は、幸のその後を想像すると、恐怖で震えが止まらなかった。

 怖い、14歳の少女が背負っていいレベルの不幸ではない。

 それは、倫子の豊かな想像力が、さらに悪い方向へと思考を導いてしまう。

 

「嫌だ・・・、幸ちゃんが、そんな・・・外国に連れて行かれて・・・、嫌!、私、耐えられないよ」


 倫子のつぶやきに、佐々木も限界が近いのではと察する。

 

「大森さん、申し訳ありません、お呼びだてしておいて恐縮ですが、今日はこの辺で」


 相変わらず不機嫌な表情を見せる大森であったが、喫茶店の伝票は彼がまとめて持っていってくれた。

 そして、別れ際に大森は少し妙な事を言うのである。

 「最近、練馬と埼玉の境付近で、妙な目撃証言がある」とのことだった。

 一体、事件と何の関係があるのか気になっていたが、大森は、ジャーナリストの勘だといい、それ以上は言及しなかった。


「なんだったんだろうね、その練馬と埼玉の件って」


「ごめんさないね、私が不甲斐ないばかりに」


「いいよ、この調査は、君の為にしていることなんだから」


 さりげなく、ごく自然に佐々木は倫子の中に入ってきているように感じた。

 まったく好みでもなく、かっこよくもない彼が、何となく一緒にいて安心できると感じてしまう。

 なんというか、頼もしいのだ。

 本当に同い年なんだろうか。


 二人は、まだ時間に余裕があるから、との理由で、大森が言っていた県境まで行ってみよう、ということになった。


「大森さん、この辺って言っていたよね」


「ええ、でも、ジャーナリストの勘って、そんなに当てになるのかしら?」


 そう言いつつ、結局藁をもつかむ思いでここまで来てしまった。

 鉄道では遠回りであっても、ここは倫子の実家からそう遠くはない地域。

 大森が言うには、若い女性が刃物を持って、ヤクザと大立ち回りをしているのが複数回目撃されているのだとか。

 しかし、倫子の知っている幸は、ヤクザ相手に大立ち回りするような子ではないし、若い女性というキーワード以外で接点はないと思われた。

 5年、5年もの月日が、人を変えてしまうというのだろうか。

 そんな馬鹿な話はない、自分だって5年で変化した事と言えば、学年が上がった事くらいだ。

 

 二人は池袋経由で朝霞駅に着くと、米軍が去ったあとの、少し寂れた繁華街に足を踏み入れた。


「ここって、尾崎 豊の歌に出てくる米軍キャンプなんだよね」


 佐々木は高校時代、尾崎豊ファンの影響で、自分も聴くようになっていたらしく、その辺のことに少し詳しかった。

 それを聞かなければ、普通の街にしか見えないが、聞いてしまうと、どこか物悲しい街にすら見えてしまうから不思議だ。

 一応、付近を聞き取りして回り、調査してみたものの、それはまるで都市伝説のような話で、実体を掴む事は困難な作業であった。

 もっとも、素人の二人が半日程度調査したところで、何かが掴めるほど、この世界は甘くはない。

 それでも、佐々木と二人で調査をしていると、なんだか探偵にでもなったようで、倫子は少し楽しいとさえ感じてしまった。

 

「やっぱり空振りだね、唯一得られた情報は、チンピラに絡まれている人に共通して助けている、という点だけだ」


「世直しでもしたい人なのかしら」


「その、幸ちゃんって子は、正義感が強い子だったのかい?」


「・・・・私が知っている幸ちゃんは、どちらかと言うと、自分が犠牲になっても、人が争うのを嫌がるようなタイプの子だったわ」


 倫子は、その人物が幸ではないと感じていた、それでもヤクザを相手に大立回りをする若い女性の話は、なにかの手がかりになるのでは、と思うのである。

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