第191話 まるでお別れの挨拶みたい
「・・・・ねえ、どうして軍装なの?、今日はフェアリータ達のための晩餐よ!、お洒落しないと勿体ないわ!、それとも帰還祝いだから、何か余興でもするのかしら?」
エレシーは知らない、幸が抱えるミッションについて。
彼女が笑顔で嬉しそうにすればするほど、幸もセシルも辛くなった。
「変わった鞄ね、見た事のない素材だわ、デザインも金具も・・・・どこの国の物かしら、私、結構この分野には詳しい方なんだけど・・・」
ヨヨが幸の持っているボストンバッグを、興味深々で見ている。
これは、ラジワットに言われてこの世界に来た時に荷造りした、幸の唯一の財産であった。
思えば、こんな小さなバッグに荷物が入るほど、私物の少ない中学生だったのだ。
ヨワイドは、この時、幸の異変に気付いていた。
彼女が理由もなく、仕来たりに反して、無駄に武装などするはずもない、彼女が敢えてそうしていることには、相当の理由が存在するはずだ、と。
しかし、予想に反して幸とセシルは、何事も無かったかのように晩餐に参加した。
カウセルマン公爵も元々は軍人、幸の軍装姿を、むしろ好意的に見ていた、戦場で勇名を馳せた女剣士、貴族の好みそうな武勇伝に、公爵もご機嫌である。
そんな和やかな晩餐は、一通りの食事が運び終わり、最後のデザートへ移った時に一変することとなる。
「カウセルマン公爵、並びにカウセルマン家の皆様、私、フェアリータ・タチバナ、本名を立花 幸は、皆さまから受けました3年にも及ぶご厚意に、心より感謝申し上げます」
突然立ち上がった幸、そして、これまで伏せて来た自分の本名を名乗り出す。
セシルは、その時が来てしまった事を悟る。
「どうしたのフェアリータ、名前を本名に変えたい、ということかしら?」
「違うわエレシー・・・あなたにも、本当にお世話になったわ・・・カウセルマン家の皆様がいなかったら、私、きっとダメになっていたと思うもの」
「・・・ねえ、どうしちゃったの?、まるでお別れの挨拶みたいじゃない?・・・・ねえ、冗談よね?」
静まる晩餐会場、ドレス姿のセシルは、耐え切れず両手で顔を覆い、声を殺して泣いている。
ヨワイドは、真剣な眼差しを幸に向け、一言だけ問うた。
「フェアリータ・・・・必ず帰って来ると、私に誓えるか?」
「・・・・ごめんなさいヨワイド、事情は話せないけど・・・・私、ラジワットさんのために、行かなくてはならないわ」
現状を察したエレシーが、青ざめた顔で幸に問いただす。
「・・・嫌よ、やっと帰ってきたのに、どうして行こうとするの?、私達、お友達よね?、そうよね?、このお屋敷で、お兄様とみんなと、幸せに暮らして行くのよね?・・・・・ねえ・・・どうして黙っているの、ねえ?、フェアリータ!」
「エレシー、やめなさい、フェアリータが決意したのなら、私は彼女を尊重したい」
「どうしてお兄様!、嫌よ、お兄様もフェアリータを止めて頂戴!、ねえ!」
エレシーは、もはやそれが叶わない事を察していた。
冷静沈着、常に判断を誤らないヨワイドが、フェアリータを尊重すると言っているのだから。
幸は席を外れると、バルコニーに向かって歩き、扉を開放した。
すると、暗い屋外に突然強烈な光が放たれ、晩餐の間を煌々と照らす。
シルエットになった幸を止めようと、エレシーが叫ぶが、光と共に、何か重厚な機械音にかき消されてしまう。
幸はその光に向かってゆっくり歩いて行き、最後に振り返ったが、その表情は伺い知る事は、遂に出来なかった。
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