第188話 嫌だよ、忘れたくないよ!

「なんですか?、その、私にとって辛い条件って。私、ラジワットさんのためなら、死だって恐れない、だから、話してください」


 キャサリンは、一度皆の事を少し見ると、深呼吸をして、一番大事な事を幸に語り出した。


「これから、あなたには元の世界に戻ってもらいます。丁度、今ドットスやオルコのある地域の元の世界では、とても大きな戦争が起こるの。それが本来あるべき姿に戻った時点で、こちらの世界も本来あるべき姿に戻ります」


「それなら、フェアリータが頑張れば、全て問題ないじゃないか、一体、何が問題なんだよ」


「・・・今回、元の世界へは、私の方法で連れて行きます、それは極めて異例のことなの。来た時と帰る時の方法が違えば、多分フェアリータちゃんはもう、この世界へ戻ってくることが出来なくなる」


 キャサリンの一言を聞いて、サナリアは口に手を当てて、悲鳴を上げるのを堪えていた。

 そんな時、マッシュがサナリアを庇うように口を挟む。


「それでも、ラジワットが元に戻るのなら、またフェアリータを連れ戻しに来ればいいじゃないか!」


「それは無理よ」


「なんで?、一度出来たんだから、もう一回だってできるだろうに」


「違うわ、出来るか出来ないかの話ではない、ラジワットさんは、もうフェアリータちゃんを認識できなくなるわ、ラジワットさんだけじゃない、貴方達も全員、フェアリータちゃんの事を認識できなくなる」


「なにそれ、私達がフェアリータちゃんの事を、忘れるとでも言うの?」


 サナリアの必死の問いかけに、キャサリンも慎重に言葉を選ぶ。

 それでなくても、異世界の概念すら持っていないこの世界の住人に、世界線の話をしても、それは理解に苦しむだろう。


「あのね、忘れるとかの話ではないわ。そもそも、フェアリータちゃんと出会っていない別の世界へ、この世界が戻るという意味なの。だからいくら頑張っても、フェアリータちゃんを記憶に留めておくことは出来ないわ、だって事実自体が消えてしまうんだから」


 その場に居合わせた人々は、キャサリンの言う事は呑み込めていなかった。

 それでも、恐らくは自分たちが持っている概念では測れないようなレベルの話をされている事は認識出来た。

 当然、幸の方は、彼らより幾分か理解することは出来た、タイムマシーンの概念自体は、彼女が居た1985年の日本でも、メディアは盛んに取り上げていた、小説も漫画も、このテーマには寛容であったから。

 それ故に、キャサリンと共に一度現世に戻ってしまえば、自分が居たこの3年間というもの、そのものが消滅するという理屈は、なんとなく理解出来ていた。

 要するに、練馬区でラジワットに自分は助けてもらえず、ラジワットも幸をこの世界に連れてくることはしなかった、元の世界に戻るだけ、それがキャサリンの言う、ラジワットを生き返らせる方法の真意


「・・・かまいません、私、ラジワットさんのためになら、なんでもしますから」


「ねえ、ちょっと、それ意味解っている?、私達の出会いも、ラジワットさんとの出会いも、全て無かった事にされてしまうのよ、生き返ったラジワットさんは、フェアリータちゃんの事を、会ったこともない人にされてしまうのよ、そんなの、そんなのって・・・・酷いわ、残酷過ぎる」


「大丈夫よ、サナリアさん。私、平気です、キャサリンさん、ご提案どうもありがとう、その提案、お受けします」


「ちょっと、フェアリータちゃん、申し出は嬉しいのだけど、私まだ、ミッションの内容を全部伝えていないわ、いいの?」


「当たり前じゃないですか、ラジワットさんがこの世界に戻れるのなら、私、なんだってやります、身体でも魂でも、なんだって差し出すわ!」


 そう言うと、幸は部屋を飛び出して行った。

 サナリアが、慌てて後を追いかける、もう人の目など構っていられなかった。


「フェアリータちゃん!」


 サナリアは、自室に入って行く幸に追いつき、二人は暗い部屋に入った。


「ねえ、もう少し冷静に考えて頂戴、いくらラジワットさんが助かっても、あなたを知らないラジワットさんでは・・・フェアリータちゃんが可愛そう過ぎるわ!」


「サナリアさん、私のために、いつも泣いてくれてありがとう。でも、大丈夫です、私、ラジワットさんが死んでから、何度も後を追おうと考えたけど、今日まで生きながらえてきたわ・・・・私、ラジワットさんの事が好きなの、本当に、心の底から、彼を愛しているわ・・・・だから・・・彼が生きてさえいてくれれば、私の幸せなんてどうだっていいの・・・・なのに、どうしてなの、私、涙が・・・」


 サナリアは、幸が表情を変えずに、涙だけを流しているその切ない姿が悲しくて堪らなかった。

 力強く抱きしめるサナリア、幸も、力任せにサナリアを抱き締める。

 

「サナリアさん、サナリアさん、サナリアさん!!」


「嫌よ、私も、あなたのこと、忘れたくない!、どうしたらいいの?、私、私達、どうしたらいいの?」


 氷のような表情だった幸も、次第に顔を歪めながら、泣き続ける。


「嫌だよ、私も、サナリアさんの事、忘れたくない、ラジワットさんの事も忘れたくないよ、嫌だよ、忘れたくないよ!」


 後から、他のメンバーもサナリアの部屋に入り、扉を閉めた。

 二人が抱き合って泣くのを、静観するしかない。


 部屋は暗い、だから、男性陣も含めて、他のメンバーも静かに泣いた。

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