第183話 考える時間
幸はサナリアの部屋に匿われた。
公務の間は、この美しい王妃の部屋に、何をするでもなく、一日中ただ居なければならない。
それは幸が恐れていた、一番悪い状況と言えた。
考える時間が出来てしまう。
幸は、もう何も考えることなく、ただバカな振りをしていたかった。
もういっその事、前線で敵に討たれて死ねばいい、そんな風に思っていた。
ラジワットの死を聞かされたあの日、山賊の長となったセシルは、カウセルマンから帝都オルコアへ共に行かないか、と誘いを受けた。
セシルはとても驚いた、何故ならタタリア帝国もオルコ帝国も、双方の法律で山賊は即縛り首と決められていたからだ。
そんな事情を知ってか知らぬか、この金髪の美しい将校は、何ら穢れを知らない目で自分を帝都に誘うのである。
ヨワイド・カウセルマンとしては、幸の心を支えるには、近しい人が一人でも多く必要だと思っていた。
それ故に、セシルのように旧知の人物を幸の傍に置いてやりたい、ただそれだけを思っての事だった。
しかし、セシルの考えは別にあった。
傷心のフェアリータとともに、山賊一同をオルコ帝国軍に加え、亡命しようと考えたのである。
このまま国境付近に留まれば、今生き残った仲間たちですら、いずれは兄と同じ運命を辿ってしまう。
もし、それが叶うのなら、自分はラジワットと幸から得た恩に報いるよう、オルコ帝国軍に忠誠を誓う事も出来る、そう考えた。
こうしてセシルとその山賊仲間たちは、まとめてロンデンベイル騎兵師団へ現地徴用という形で編入された。
「セシルは、大丈夫かしら・・・」
幸は、共に捕虜となったセシルの事が、急に心配になっていた。
そんなことも考えられないほど、幸は常に自分を追い込んでいた、だから冷静になると、考え及ばなかった事が次々と沸いてくるのである。
セシルは、今や幸にとって、一番の腹心であり、親友でもある。
親友、そうだ、アシェーラやエレシーは、元気にやっているだろうか。
エレシーは、今回のラジワットの件で、絶望の中にあった幸よりも多く泣いてくれた。
この時も、幸はどうしてエレシーがこれほど泣いてくれるのか、よく解らなかった。
エレシーからすれば、兄妹での結婚に強く背中を押して、自分の味方になってくれた幸は、恩人以外の何者でもない。
そんな幸が、越境作戦から帰還したら、ラジワットとの結婚を盛大にお祝いしたいと、毎日そればかり考えていた。
エレシーも、幸がハイヤー家に嫁いだ後も、毎日のように剣術を鍛錬し、楽しくお茶をして、ヨヨも含めて毎日楽しく暮らせるとばかり思っていた。
まさか、ラジワット奪還部隊まで編制されながら、生きて帰って来られないなどと言う想定が、エレシーには無かったのだ。
夜叉の如く鬼の形相で再び戦場に赴く幸を、ただ見送るしかなかったエレシー。
そう言えば、最後の別れの時も泣いていた。
そうだ、人間は悲しい時には、泣く生き物なんだ。
幸は、そんな当たり前の事ですら、忘却の彼方へ葬り去ろうとしていた。
そして、ここでその事実を思い出す、人間は悲しい時に泣くのだと言う事を。
こうして、飢えた狼のような目をした幸の瞳に、再び涙が潤う。
泣いても泣いても、涙は枯れない。
幸の涙が、サナリアの部屋を濡らし続ける。
そんな時、公務を終えたサナリアが戻ってくる。
「・・・・フェアリータちゃん?・・・フェアリータちゃん!!」
久しく見せなかった幸の泣き顔を見たサナリアが、もう堪らずに幸に駆け寄る。。
「そうよ、いいのよ、私、一緒に泣いてあげるから、ここには誰もいないから、だから、いいのよ、思いっきり泣いて」
エレシーと同じ事を言う。
ただ、エレシーの時とは違い、今は暖かい涙が幸の頬を伝う。
こうして、幸はようやくサナリアを抱き返したのだった。
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