第182話 敵国の剣士
「ねえ、フェアリータちゃん、あなた、しばらく私の所にいなさい、ね、いいでしょ!」
「サナリアさん、あなたは不安ではないのですか?、私は敵国の剣士ですよ」
サナリアは、幸のその一言に、とても傷付いていた。
あんなに優しかったフェアリータが、今、自分の事を敵と言い放ったのだ。
ただ、ラジワットの事が大好きな、マリトの事が大好きな、あの頃のフェアリータは、もうどこにもいないと言うのだろうか。
「不安なんて・・・だってあなたはフェアリータちゃんよ、私が知っているフェアリータちゃんは、私を襲う事なんて絶対にしない」
「甘いですよサナリアさん、人は、変わるものですから」
「何も変わってはいないわ、なら、あなたはラジワットさんやマリトちゃんへの思いも変わってしまったと言うの?・・・そんな訳ないわ」
幸はラジワットとマリトの名を出したサナリアを、一瞬強く睨んだ。
これまで周囲は気を遣い、その名を出す事は無かった。
あの、皇帝エリルですら、そのことには触れられなかった。
幸は、北部国境侵攻から凱旋すると、一度だけ皇帝エリルに謁見した。
目的は、もう会わない事を伝える事だった。
『ミユキお姉ちゃん、嫌だよ、僕、お姉ちゃんと会えないなんて、本当に嫌だよ』
あの日見たエリルの表情を思い出す度、幸の心は締め付けられる思いだった。
あんなに可愛い弟のような存在。
それでも、皇帝はあまりにもマリトに似すぎている、彼を見る度に、幸はラジワットを思い出し、喪失感で押しつぶされそうになる。
だから、もうエリルには会いたくないと思った。
軍務に明け暮れ、敵を探し、戦いの日々を送ることで、幸はラジワットを忘れ、マリトを忘れる事が出来た。
だから幸は、戦いに逃げた、誰よりも勇敢に戦い、誰よりも先陣を切って進んだ。
ラジワットの事を思い出さないように・・・それは幸なりの処世術だったのかもしれない。
皇帝エリルは、幸との別れ際、泣きながらプロポーズの言葉を口にした。
可愛かった。
一瞬、抱きしめたくなる衝動に駆られた。
幸は少し嬉しかったが、その何倍もの辛さと罪悪感から、逃げるように宮城を後にした。
もしかしたら、そんな世界線があったのかもしれない。
エリルと幸福な家庭を築き、将来の皇帝となる皇太子を生んで。
エリルはきっと、優しくて良い夫になるだろう。
だから、自分には、そんな未来が来てはいけない。
タタリア山脈にはマリトが、国境の丘にはラジワットが眠っている。
自分の幸福は、あの二人とともにある、あの国境の向こうに、自分の幸福は置いてきたのだと。
サナリアの事は、もちろん嫌いになんてなってはいない。
しかし、彼女の顔を見ていると、あのロンデンベイルでの幸せな日々が思い出されて辛かった。
だから、幸はサナリアに何を聞かれても、それ以降答えなくなってしまった。
心に鍵をかけたのだ。
そうしていれば、辛さや悲しさを留保できる、剥き出しの心にこの悲しみを直接触れさせてしまえば、幸はもう生きて行けないだろう。
しかし、サナリアは、まったく逆に捉えていた、フェアリータに今必要なのは、当時の仲間なのだと。
そんなサナリアの真心が、益々幸を追い込むのである。
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