孤高の女戦士
第180話 王国軍の虜囚
「おい、まさか・・・本当なのか?」
ドットス王国の国王、マッシュ・メイ・ドットス。
かつては手の付けられない、やんちゃな王子として専らの噂であった国王も、即位から3年以上が経過すると、その名君ぶりを発揮し始め、今や国内外で評判となっていた。
前国王の失策により、一時期は国家の存亡が危ぶまれるほどに疲弊していた経済も、今やすっかり活気を取り戻していた。
それ故に、3年前に交わした隣国オルコ帝国との一時停戦も、国力が回復した王国にとって、もはや不要であるとの世論が大勢を占めるようになると、本音では和平を望む国王としても、もはや世論を無視することが出来ず、遂に8カ月前、南部ハイハープ峡谷を挟んだ両国の軍勢は戦端を開いてしまうのであった。
「ああ、私も最初に耳を疑った、どうするマッシュ」
マッシュ国王とは、幼馴染で大親友であるワイアット・メイ・ロームボルド大尉もまた、南部ハイハープ峡谷の戦いにおいて、ロームボルド連隊の中隊長として剣を振るっていた。
かつてはドットスの観戦武官としてオルコ帝国に派遣された彼としては、この戦いが、些か微妙に感じられていた。
というのも、今回の戦端を切ったのは、他ならぬワイアットの父親であるロームボルド連隊長である。
連隊長は、停戦が発せられた後も、積年の恨みを果たさんと、戦端を切るタイミングをずっと伺っていた。
息子であり、自身の家名の付いた連隊の中隊長をしているワイアットにとって、この戦いに後ろ向きになる訳には行かない。
本音が和平であっても、戦場にあっては先陣を切って部下を鼓舞し、突撃の先頭に立たなくてはならない。
そして、3年ぶりとなる今回の戦いで、大きな変化があった。
オルコ帝国側に、新しい部隊が配置されたのだ。
その名を、ロンデンベイル機甲師団と言う。
そう、かつて北方のタタリア国境を侵攻した、ロンデンベイル奪還部隊である。
ロンデンベイル騎兵師団と当時呼ばれたこの精鋭師団は、北部国境を迅速に制圧し、敵軍を交渉のテーブルに着かせることに成功する。
そして、内戦で荒れていたタタリア国内は、反皇帝派とオルコ帝国が和睦することと、北部占領地をタタリアに返還することを条件に、ロンデンベイル飛地領土の返還が、あっさりと実現してしまうのである。
ロンデンベイルの奪還を目的に構成されたこの師団は、その目的を果たしたことで戦略目標を失うこととなり、意気揚々と越境侵攻した師団は、なんとも不完全燃焼な状態でオルコ国内へ引き上げることとなるのである。
こうして、2年半もの時間をかけて行われた越境作戦は幕引きとなったが、問題はこの不完全燃焼の師団である。
元々血気盛んな精鋭を集めてしまったため、大した武勲を挙げることなく引き上げて来た騎兵師団は、今やオルコ帝国の点火線となりつつあった。
そんな最中に起こったのが南部国境紛争である。
皇帝は、直ちに事態を収拾すべく、熱気を帯びたこの師団をオルコ帝国を北から南へ縦断させ、南部ドットス国境係争地へ向かわせた。
そして、ドットス国境を守備するドットス王立軍ロクソム駐屯部隊は、妙な噂を耳にする。
それは伝説のユニホンに跨がり
まるで鬼神の如く兵士に襲いかかる、恐ろしく俊敏な女剣士の噂であった。
ワイアットは、女剣士と聞いて、もしやフェアリータが?、と一瞬頭を過ったが、あの幼くか弱い少女が、そのような鬼神になるとは思えず、選択肢から外していた。
ワイアットがまだオルコ帝国へ武官として派遣されていた頃、カウセルマン家でフェアリータから、自分がロンデンベイル師団の巫女職となったところまでは聞かされていたため、敵軍にフェアリータが所属している可能性は認識していた。
そんな噂の女剣士を、前線の部隊が捕虜にした、との情報が入り、ワイアットは興味半分、前線に急行するのである。
「それで、その結果が、これか?」
マッシュ国王は、そのあまりの現実に、消沈していた。
人間は、自分の常識が及ばないレベルに達すると、言葉を失ってしまう。マッシュ国王にとって、今がその状況と言える。
事情が事情だけに、その鬼神こと女剣士は、即刻ドットスの王宮へ連行された。
もちろん、単なる捕虜に対して、そんな事をするはずがない。
ワイアットが目にしたその人物は、すっかり成長し、恐ろしく寂しい目をした一人の女剣士であった。
彼女は、数名の部下を率いて、ドットス深くに単身乗り込んで来た勇敢な剣士たちである。
ワイアットは知っている、その勇敢にして鬼神の如く暴れまわるこの女剣士の名前が、フェアリータ・タチバナと言う事を。
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