第179話 立ち尽くしていた
「フェアリータ!、おお、フェアリータ、無事だったか、ここに居ると聞いて慌てたぞ、まったく無茶をする、あれほどの少ない勢力でタタリアに喧嘩を売るなんて!」
ロンデンベイル騎兵師団の主力が、伝令の誘導によりタタリアのキャンプに到着した。
巫女職の小部隊だけでタタリアへ送られた幸を心配し、カウセルマンが一番に駆けつけた時に、幸はキャンプ裏の荒野に立ち尽くしていた。
アクセルマンは、幸がどこも怪我をすることなく、無事であったことに安堵したが、それが明らかに異常な状況であることを直ぐに察したのである。
「失礼、
「はい、セシル・ロウメイ、この先にある村の長です」
「フェアリータを助けて頂いたのですね、美しい
「礼には及びません、私たちこそ、2年前にフェアリータ様とラジワット様に助けて頂いた恩義がありますので」
「おお!、そうでしたか、それで、ラジワット様は、今、どこに?」
「・・・・・・フェアリータ様の・・・・目の前です」
カウセルマンは、一瞬耳を疑った。
いや、なにも無いではないか。
こんな荒野の、建物はおろか、人の気配すらしない不気味な場所。
そう思っていた矢先、幸が崩れ落ちるように跪き、土盛りの上に置かれた石を、大事そうに抱き抱えたのである。
「フェアリータ・・・いや、そんな、・・・そんな事って」
恐るおそる近づくカウセルマンン。
幸の目の前には、複数の土盛りの上に、それぞれ石が置かれていた。
一番手前の、一番大きな土盛り。
カウセルマンは、顔面蒼白となった。
「・・・そこの、右隣の土盛りが、兄を埋めた跡です、そして、その隣の一番大きな土盛りが・・・」
まるで、セシルの説明を遮るように、カウセルマンが走った。
そして、後ろから幸を全力で抱きしめる。
「わかった、皆まで言うな、フェアリータよ、どうか正気を
「・・・ヨワイド?、これは何かの間違いよね、こんなの、こんな事って、無いわよね?」
「ああ、きっとなにかの間違いだ、あのラジワット様が、このような事になるはずもない」
「そうよね、ラジワットさんが、こんな、こんな石ころになるなんて事は無いのよ、馬鹿な話だわ」
すると、セシルが再び偽司令官の男を蹴り上げる。
縄で縛られた男の口から、血が流れる。
セシルが剣を男の首に当て、今から首を落とすと言わんばかりの形相で見下ろす。
「やめてくれよ、頼む、俺たちも命令されただけなんだ!、司令官と参謀たちが投降した後、捕虜を全員処刑するように言われたんだ!、頼むって!、俺たちも被害者なんだ!」
幸を支えるように肩を抱いていたカウセルマンが、鬼の形相で振り返ると、素早く剣を抜いた。
「よさぬか!、この愚か者め!」
そう言い放つと、カウセルマンは偽司令官の首を跳ねた。
血しぶきが周囲を濡らすが、それに誰も、なにも感じていないようだった。
それほど、この現場は凍り付いていたのである。
「嫌だ・・・嫌だよ・・・・ラジワットさん、ねえ、ラジワットさん!」
抱き抱えていた石を横に転がし、ラジワットが埋まっている土盛りを、素手で掘り起こそうとする幸。
「やめなさい・・・ラジワット様を、そっとしておいてあげよう」
「嫌よ、どうして?、ヨワイド、あなたは平気でいられるの?、ラジワットさんだよ、早く助けなきゃ!」
「フェアリータ!、ラジワット様は・・・もう・・」
カウセルマンがそう言い終わると、今度は幸を正面から抱きしめた。
抵抗する幸、それを阻むほど強く抱きしめるカウセルマン。
「平気なものか!、私だって、私にとっても、敬愛するお方なのだ!、ラジワット様、どうして、どうしてお一人で逝かれたのですか?、死する時は、私もお供致しますと、常々申していたではありませんか!」
幸は、もうカウセルマンに抵抗していないかった。
そして二人は、泣いた。
幸は大声を上げて泣き続けた。
それを宥めるように、カウセルマンは幸を抱きしめながら、自身も声を上げる事無く、静かに泣き続けた。
貴族の男が、人目をはばからずに泣く姿は、異様な光景であった。
周囲には、多くのロンデンベイル師団将兵がそれを見守っていた。
幸の泣き声だけが、荒野にこだまし続けていた。
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