第174話 いかにも強大な軍が
合流したワイセル大尉たち5人は、倒した兵士から武器を調達し、幸達10名と共に出口に向かって走った。
「敵の勢力は、予想以上に少ないのね」
「ええ、それが、あの偽物司令官が必要だった理由です。彼らは既に、司令官を失っていたのです」
「え?、だって、こうしてタタリア軍は、今でも組織的に行動しているじゃない」
「そう見せているだけなんです、彼らはもうとっくに、軍としての体を成していません。実は、軍の司令官はもう、我が軍に拘束されています、恐らくは兵士にでも化けて、司令官であることを隠しているのでしょう」
ワイセルが言うには、国境警備隊として常駐していたタタリア騎兵軍団の一部は、ロンデンベイル騎兵師団の噂を聞き付け、既に敗走準備をしていたらしい。
しかし、後方から馬賊の襲撃に会い、止むを得ず正面からロンデンベイル師団を迎え撃たねばならなくなってしまった。
しかし、期待していた増援が来ず、司令官以下の将校は、ほぼ全員戦意を喪失し、最初から戦う気など無かったのだ。
早々に捕虜と化した軍首脳部、残された下士官、兵たち。
そこで、軍曹級の下士官たちは、指揮官の居なくなったこの軍内で、ロンデンベイル師団が雪崩の如く攻め入らぬよう、いかにも強大な軍がそこにあるかのように振る舞う必要性に迫られていたのだそうだ。
「だから、あれほど剣術に手ごたえが無かったのね、それにしても、部下を置いて、自分たちはさっさと捕虜になるなんて、節操のない軍人達ね」
「まったくですな、おかしいと思ったのです、真っ当な将校が、軍使を返さないなんて」
マルスルの言う通りだ。
もはや、ここの駐屯軍は真っ当とは言えない。
しかし、マルスルは、真っ当でないからこそ、逆にこの状況が恐ろしいと感じていた。
それは、もはやこの駐屯軍に対して、どのような交渉も無意味だ、という事である。
単純に軍同士の話であれば、進撃して攻め滅ぼしてしまえば良いだけなのだが、今現在、15名での逃走の最中、捕まれば証拠隠滅のために、自分たちを皆殺しにでもしかねない。
だから、巫女職である幸を、必ず逃がさなければならないと、マルスルは決意を新たにするのである。
ところが、そんなマルスルの決意とは裏腹に、タタリアの兵士たちは、どんどん幸達を包囲し、追い詰めて行くのである。
「フェアリータ様、これから私が言う事を、よくお聞きください、我等巫女職室一同で、囮になります、フェアリータ様は、その隙に、なにがなんでもお逃げください!」
「お断りします!、私も巫女職を命ぜられた軍属です、一人逃げ帰るなど、出来ようはずが無いわ」
「解ってください、ここはマルスル大尉の言う事が正しい。これでお別れではありません、後続の20名を呼んで、再び我らを救出して頂ければ良いのです、さ、早く!」
ワイセル大尉も、マルスル大尉と同じ事を言いだした。
幸にも解っている、それが一番合理的な判断である事を。
しかし、やはり自分一人だけ逃げる事には、迷いが生じる、巫女職とは言え、自分は大佐相当官、連隊長と同等クラスの階級を有する者。
ここで一人逃げてしまえば、兵を置いて投降した、ここの将校たちと何も変わらないではないか。
「お願いします、フェアリータ様、いずれにしても、このままでは全員が死ぬでしょう、せめて、後続の20名を率いて来てください、彼らは精鋭ですから」
いくら考えたところで、幸にはもはや選択肢など無かった。
「解りました。マルスル大尉、ワイセル大尉、私が戻るまで、絶対に死なないで下さい!、絶対!」
そう言うと、奪った剣を捨てて、再び短剣だけで全力疾走する幸。
急がねば、応援を呼んで、早く皆を助けなければ!。
そう思うと、幸の駿足は、過去最速で全力疾走するのである。
幸は気付いていない、この時の速力は、18歳の少女のものではない、オリンピック級の速度ですらない。
それだけ幸の身体能力は、異様に向上しているのである。
弓兵が、そんな疾走する幸に向けて矢を放つが、あまりの速度に、矢が付いてこれない。
リードを取って、矢を放つも、その予測値リードでは、とても追いつけないのだ。
行ける!。
幸がそう思った時、遂に出口が見えた。
そして、幸が疾走しようとした、その先には、数十名のタタリア軍兵士が待ち構えていたのである。
18歳の少女一人に、数十人の兵士。
幸は短剣を持ったまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
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