第171話 叩き上げ士官
「しかし、師団司令部も、よく許可をだしたものですな」
勅命巫女職室には、専属の軍師が付いていた、彼の名をカヤック・マルスル大尉と言う。
オルコ帝国中部、田舎街の平民出身ではあるが、能力は高く、帝国軍大尉と言う、中堅将校にまで上り詰めた。
本来であれば、巫女職付の軍師ともなれば、士官学校主席級の若手士官が付くところであるが、エリル皇帝の見立てにより、こっそり優秀で経験豊富な叩き上げ士官が幸に充てられた。
そんなマルスル大尉が言うのも、もっともな話である、皇帝から直々の命を受けた巫女職を、よりによって軍使で派遣してしまうなど、常識では考えられない。
もしかしたら、帝国軍始まって以来、最も前線に出た巫女では無いだろうか。
巫女職は、その能力から皇帝と意識が繋がっていて、いざと言う時、皇帝の意識を受け取り、軍に指示を出すことが出来ると信じられていた。
要するに、通信機のようなものである。
もちろん、幸にはそのような機能は備わっていない。
未だ、エリルの声を聞いた事は無いし、そんな便利な機能があれば、とっくにラジワットと会話をしている。
そんな象徴的な意味合いの巫女職を、実務として使ってしまうなどという事は、本来有り得ないことである。
それは、幸の能力の高さ故であった。
本来、作戦参謀や師団軍師長がすべき事まで、幸は気を回しやってのけてしまうのである。
歴戦の軍人からすれば、まだ少女である幸が、軍務をテキパキとこなしてしまうのは、いかにも気に食わない。
もし幸が、本当にエリル皇帝と意識が繋がっているのであれば、交渉は皇帝の意思で行う事が出来るはず、というのが、作戦参謀の考えであった。
その理屈であれば、巫女職を前に出すことも仕方がない、という理由から、師団長も了承している。
どうやら、敵は師団内にもいるようである。
そんな状況を、良く理解しているのが、古参の叩き上げ士官であるマルスル大尉である。
幸からすれば、そんなマルスルは、心から信頼できる腹心であったが、実は年齢もかなり上で、父親ほどの年齢である。
実際、息子ももう成人しており、マルスルからすれば、娘のように可愛い存在である・・・・実際に口にすることは無いのだが。
「ねえマルスル大尉、軍使で30人規模と言うのは、逆に多くはないかしら、交渉に行くのに、戦闘編成って、ちょっと変じゃない?」
「いや、敵はこちらの軍使を返さないのですから、本来であれば作戦参謀が言う通り、軍を前に出してもいいくらいです。故に、30人は実に中途半端な編成かと思いますぞ」
確かにそうだ、中途半端に行けば、敵に口実を与えてしまう。
こちらに攻撃の意思あり、とされれば、包囲され、全滅するのがオチだろう。
幸は、そこで策を立てた。
「なら、マルスル大尉はここに残って、25名を率いて、私が戻らなければ、師団を動かして頂戴」
「なりませぬフェアリータ様、それではワイセル大尉の軍使と同じではありませんんか、部隊を分散させるべきではありません!」
「でも、あなたの言う通り、30名と言う編成は、中途半端過ぎるわ、少なくとも一度は軍使として交渉に来た、という意思表示は必要だと思うの」
わがまま娘に翻弄される父親のように、マルスルは困り果てていた。
「・・・ならば、10名、10名で手を打ちましょう、20名はここに残置させます。そして、私は貴女様と同行しますので」
幸は、それでも人数が多いと感じたが、ここはせっかく妥協してくれたマルスル大尉の言う事に従おうと思った。
話がまとまり、幸とマルスル大尉の率いる小部隊は、次の峠を越えるや、敵の斥候員を視認する。
「止まれ!、貴様らはオルコ帝国軍か?」
斥候員は、些か興奮気味に問いかける。
幸が答えようとした時、マルスル大尉が太くしっかりとした中年男性の声で叫んだ。
「いかにも!、我々は先の軍使が戻らぬ故、再度交渉をするために参ったロンデンベイル騎兵師団の軍使にて、勅命巫女職である、司令官にお目通り願いたい!」
こうして、交渉がスタートするのである。
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