第170話 勅命巫女職が代表して
ワイセル大尉を、軍使として派遣してから、既に二日が経過した。
駐屯軍となったロンデンベイル騎兵師団は、訓練計画を立案するや、荒野の国境沿いで、日々の訓練を始めた。
そこは、軍の駐屯地として扱われ、兵士は急拵えながら、日常を取り戻したかに見えた。
しかし、師団司令部は、軍使が戻らないという異常事態に気を揉んでいたのである。
「師団長、軍使が戻らない、という事自体が、タタリア側のメッセージと受け取るべきです、軍を進めましょう、今ならまだ、タタリアの援軍も到着していないはずです!」
「待て作戦参謀、万が一、軍使が帰って来たら、相手に間違ったメッセージを送る事になる、努めて平和的に事態を収束させよ、という皇帝陛下の勅命もあるのだ」
「しかし、この規模の軍を、川の一本もない荒野に駐屯させては、兵站が持ちません、補給路は極めて細く脆弱なのです」
今度は補給を担当する兵站参謀が泣き言を言い始める。
彼の言うことはもっともであるが、大きな軍隊を動かす時点で、それは解って居ることである、担当参謀としては、本来踏ん張りどころではあるのだが。
「師団長、もう一度、軍使を派遣してはいかがですか?、また、長距離偵察部隊を編成し、敵の後方を探索させるべきです、もしかしたら、私たちが予想している以上の兵力を温存している可能性もあります」
フェアリータが言う、長距離偵察隊とは、この世界の軍隊では少し異質な存在であった。
なにより騎兵による正々堂々とした戦いを名誉とする騎士道にあって、こそこそとスパイを送り込む行為事態が、卑怯とされたのだ。
「フェアリータ相当官は、軍人ではないから、そのような事を言えるのだろう。いかにも婦女子らしい発想だな、これは帝国の名誉をかけた戦いだ、スパイなど送れば、皇帝陛下の顔に泥を塗る行為ですぞ」
師団長以下、作戦参謀の言うことがもっとも、と言った雰囲気であった、
しかし、そこに異を唱えたのは、カウセルマン連隊長であった。
「師団長、発言をよろしいでしょうか、フェアリータ殿は、勅命巫女職、彼女の言うことは皇帝陛下の勅命であります、作戦参謀が仰る通り、騎士道からは些か外れてはいますが、皇帝陛下の、努めて平和的に事態を収束させよ、との御勅諭には、整合性が取れたものかと思われますが」
師団長は、それでも何か決めかねているようだった。
そして、幸が再び師団長に意見する。
「ならば、勅命巫女職が代表して、軍使となります、それならば、文句はありませんね」
幸は少し怒っていた。
軍使のワイセルのことも心配ではあるが、これだけのメンバーが顔を揃えて、名誉ばかりを重んじ、現実を見る事の出来ない閉息感。
それならば、もういっそ、自分が行ってしまえ、という事だ。
「いや、フェアリータ相当官、君が前へ出てはいけない、皇帝陛下になんと申せばいいのだ」
カウセルマンが慌てて幸を意見を否定する。
しかし、少しニヤリと笑った作戦参謀は、師団長に耳打ちするのである。
「うむ、勅命巫女職の言うことも、もっともだ。あなたはこのような時にこそ、活躍すべきだな、そのための勅命巫女職だと、私も理解している」
「お待ちください師団長、危険です!、フェアリータ殿は軍属です、前方に出すべきではありません!」
「カウセルマン連隊長、私はなにも巫女職殿を前線に出そうというのではない、交渉に当たってもらいたい、と申している」
「・・・ならば、我が連隊は、全力をもって勅命巫女職殿の護衛に当たります!」
「いえ、それは結構ですカウセルマン大佐、私の部隊だけで、十分です」
「巫女職・・・フェアリータ、君の部隊と言っても、たかだか30名の小規模部隊、その程度でなにが出来る、危険だ、行くべきではない」
「もう止さないか、カウセルマン大佐、巫女職殿も、こう申している、第一、交渉に行く人間が1個連隊率いて行ったら、交渉にならぬだろうに。君は巫女職殿に、個人的な感情があるのだろうが、ここは戦場だ、自重せよ」
カウセルマンは、返す言葉も無かった。
よりによって、師団長に、自身が幸に想いがあることを指摘されてしまったからだ。
これは、顔から火が出るほどに恥ずかしい。
こうして、幸は自分の配下にい置く、30名の兵士を引き連れ、タタリア軍へ交渉に向かうのである。
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