第169話 それって・・・

「捕虜を連行しました」


 オルコ・タタリア国境進攻作戦の初戦は、実にあっけない幕引きとなった。

 完全な重武装で準備をしてきたオルコ帝国軍に対し、タタリアの増強は予想以上に少なかった。

 そのため、陣地は予想よりも遙かに薄く、脆弱なものであった。

 タタリア側は、増援が到着するまでの時間稼ぎを狙っていたものと考えていたが、実際に捕虜を取り、指揮官・参謀級を捕らえてみると、予想外の話が聞かれたのである。


「なに?、それでは、国境には、増援が向けられていないと?」


「ああ、この国境線は、現タタリアにとって戦略的な重要度がそこまで高くはない、ましてや、いざとなれば、重要役職者を捕虜に取っていることで、オルコ軍との取引が出来ると考えたようだ」


 重要役職者、つまり、軍の高官か、貴族を確保していることを示している。


「ねえヨワイド、それって・・・」


「ああ、ラジワット様で、間違いないだろうな」


「私たちが進撃を続ければ、どこかでラジワットさんの件が出てくるって訳ね」


「そうだな、それ故、此度捕らえた捕虜の中に、等価交換が出来る人物が居れば、話は早いのだが・・・・」


 カウセルマンは、その場で少し考えていた。

 そうなのだ、単純にラジワットと捕虜交換が出来るのであれば、この作戦は非常に簡潔明瞭である。


 そもそも、この作戦の目的はロンデンベイル奪還、そして裏の目的として、ラジワットの奪還である。

 もし、ラジワットの奪還が、捕虜交換という容易な条件で達成されれば、戦略目標は、ほぼ達したと言える。

 なぜなら、今回占領した国境北側のタタリア領土を返還する条件で、ロンデンベイルの回復を担保させれば良いのだから。


 そうすれば、この戦いは、初戦をもって軍を引くことが出来る。

 2年も準備した越境作戦であったが、これで全てが解決する。


 幸は、少しだけ楽観し始めていた。

 これは、案外早くラジワットが帰ってくるのではないか、と。

 そして、それが叶ったら、ランカース村でアシェーラとブランの結婚式を盛大に祝おう、ラジワットと共に。


 幸は、それまで封印してきた未来の幸福な絵姿を解放し、少しだけ楽しみになっていた。

 

 こうして、ロンデンベイル騎兵師団は、ほとんど損害を出さないまま、国境北部の占領、という退屈な任務が待っていた。

 何しろ、村もそれほど多くはないこの地域、幕舎テントを立てて、ただそこに居るだけの軍隊。


 幸は、これがあまり良くない状況だと察すると、師団付勅命巫女命により、師団内の日課時限を定め、占領地での訓練計画の策定を命じた。

 同時に、捕虜交換に向けた交渉団を編成し、まずは軍使を派遣して、交渉日時を決定させようとした。


 軍使には、かつて近衛連隊で、ラジワットの副官をしていたオットウ・ワイセル大尉を充てた。

 ワイセルもまた、カウセルマン大佐やブラン曹長と共に、かつてランカース村にラジワットを訪ねて来た3騎士の一人だ。


「久しぶりね、ワイセル大尉、軍使として、お願いね」


「ええ、問題ありません、私が留守の間、中隊をよろしくお願い致します」


 ワイセルの言う中隊とは、彼の中隊を指していた。

 彼もまた、2年前の国境紛争での武勲により、中尉から大尉へ昇進、現在は、カウセルマン連隊の一翼を担うC中隊長として、本作戦に参加していた。


 ワイセルが、交渉日時を決めて戻ってくれば、もはやこの戦いは終わったも同然、幸は少し肩の力が抜けた。

 軍使も、ワイセルが行くのであれば、確実に話をまとめて来るだろう。


 幸は、椅子の背もたれにもたれ掛かると、ぼんやり幕舎の天井を見上げた。


 早く、ラジワットに会いたい、それがもうすぐ叶う。


 それでも、なぜか幸は、何かザワザワとした胸騒ぎがするのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る