第165話 聞いたわよアシェーラ

 幸は、恐るおそるランカース村に近付いて行く。

 それは、2年前に越境侵攻を受けた際に、多くの建物が焼かれ、戦火を浴びた村が、復興していなかったらどうしよう、という思いからであった。


 村のシンボルである中央広場の塔が見えてくると、遠くから手を振る女性が、こちらに近付いてくるのが見えた。


「あの、フェアリータと言う巫女様が、こちらに来ていると聞いたのですが」


 聞き覚えのある声、もしや。


「あの、フェアリータは私ですが・・・・もしかして、アシェーラ?、あなた、アシェーラなの?」


 そう、彼女は2年前の侵攻で重傷を負っていた、アシェーラ・ヨウヒムである。


「・・・まあ、あなた、フェアリータなの?、なんて、・・見違えたわ、名乗らなかったら見落としていたわよ!」


 幸は、ユキちゃんから飛び降りると走り出した。

 そして、勢いもそのまま、アシェーラに抱き着いた。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてフェアリータ、あなた、背も随分伸びたのね、凄い!」


 抱き着いて解ったのは、アシェーラが自分より背が低くなっていたことだった。

 なんのことはない、幸が成長し、大きくなっていたのである。

 最後に会った日から、20㎝近くも伸びていた。

 初対面の時は、同い年なのに、随分と大人びて見えたアシェーラが、今では普通に同い年の娘に見える。

 

「聞いたわよアシェーラ、おめでとう!」


 アシェーラは、幸のその言葉に、頬を染めて俯いた。

 彼女の手は、あの侵攻の時に指が数本失われたが、それ以外の部位は、概ね良くなっていた。

 まだ、少し足を引きづっていたものの、この春、アシェーラは婚約していたのである。


「まさか、あなたと曹長が結婚するなんてねー、本当に、解らないものね」


「そうね、あなたと別れた時、私は絶望の底に居たのだから」


 タタリア騎兵軍団によって蹂躙されたランカース村を奪還した当時の近衛連隊、その時に同じく負傷したエイセイ・ブラン軍曹もまた、その功績から階級を上げて、今では若き曹長として近衛連隊に所属している。

 そんな彼との長距離恋愛が、この春実り、アシェーラはブラン曹長から求婚されたのだ。

 そして、このタタリア侵攻作戦が勝利に終わった暁には、晴れて結婚しよう、という事になっていた。

 

「この戦いが終われば、あなたもランカース村を出て、帝都に移って来るのよね、楽しみだわ」


「そうね、あなたも、正式にフェアリータ・ハイヤーとなって、毎日でも一緒に過ごせるわね」


 二人は、そんな未来を、一瞬だけ考えていた。

 しかし、その前には、やらねばならない大きな仕事がある。

 それを終えるまで、甘い未来を想像するのは止めよう、幸はそう思った。

 そうしなければ、今の固い意思が、崩れてしまいそうだと思えるからだ。


「ねえ、今日はランカース村に泊まって行くんでしょ、ロンデンベイル師団の皆さんを迎えようと、村中でお祭り状態なんだから」


「ねえ・・・ランカース村は・・・」


「もう、そんなに心配なら、自分の目で確かめてごらんなさい!」


 幸は、一度だけ躊躇しそうになった。

 あの破壊されたランカース村を見てしまえば、今の強い決意が、崩れてしまいそうだと、不安になった。

 それでも、アシェーラがそこまで言うならば、と幸は振り返り、ユキちゃんを呼んだ。

 走って来たユキちゃんに飛び乗ると、幸は自分の前にアシェーラを御姫様のように横向きに乗せて、颯爽と走り出す。


「ちょっ、ねえ、フェアリータ、私、怖いわ!、ねえ!」


 無理もない、考えてみれば、初めて幸がこの村に来た時に、学校でユニホンの群に襲われた時、二人は一緒だったのだから。


「大丈夫よ、この子はユキちゃん、あの時の幼獣なんだから!」


「それは、そうなんだけど・・、もう、わかったわ!、全速力で行きなさい!」


 

 そして、幸の目の前に、2年ぶりとなるランカース村が広がったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る