第164話 心に付ける薬
皇帝エリル二世から、国民に対する勅命が発せられた。
「ロンデンベイル侵攻から2年有余の月日が流れ、帝国はここに、ロンデンベイル奪還を目指し、タタリア帝国に宣戦布告を宣言する」
それは、国民から穏健と考えられていたエリル皇帝が発した過激な内容と捉えられていた。
この世界の人々は、幸の居た世界とは異なり、国家が辱めを受けたならば、正当な戦争行為の理由となる、と考えられていた。
そして、それが困難な道程であっても、皇帝を中心に、国家は団結しなければならないと言う概念があった。
国民は知る事となる、新しく組織された、それも重騎兵だけで構成された精鋭師団の名が「ロンデンベイル騎兵師団」であることを。
その事実は、すぐさま国の内外に広まり、オルコ・タタリア国境は、急速に緊張感が増して行った。
タタリア騎兵軍団は、直ちに国境へ派遣され、もはや、どちらの軍勢が先に到着するかのレースに発展していた。
オルコ国民は、長い隊列を組んで進軍するロンデンベイル師団を、歓喜で見送る。
総勢12000騎の騎兵の移動は、大変なものであった。
その光景を見て、幸は、かつてラジワットと共に絶望した、あの国境一体に広がった、タタリア騎兵軍団を思い出していた。
今や、自軍の数は、あの時の騎兵軍団の数を大幅に上回る大規模軍団となって、因縁の国境線へと進軍しているのだ。
幸は思わず心の中で、ラジワットへの誓を新たにする。
「必ず助けます」と。
思えば長い2年であった。
一刻も早くラジワットを奪還したいと言う思いとは裏腹に、軍の編成とはなんと時間のかかる事か。
勅命巫女直属の部隊も、小規模ながら組織され、部下は僅か30人ほどではあったが、幸にとって心強い仲間たちである。
「フェアリータ、どうだ、久々の長旅、問題ないか?」
隊列を外れ、ヨワイド・カウセルマン大佐が、幸を気遣って話しかけてくる。
「ええ、問題無いわヨワイド!、こうしている間も、ラジワットさんは、虜囚の身として、苦しい日々を送っているんだから、馬上なんて、幸福なくらいだわ。それよりあなた、連隊長なんだから、兵を置いてこんな所にいてはいけないわ」
気丈に振る舞う幸を見て、少し安心した表情のヨワイドは、右手で軽く敬礼すると、馬を走らせ自分の連隊へ戻って行った。
2年前、ここを反対方向へ来た時は、本当に人生最悪の気持ちであった。
目の前に暗闇が広がり、それは暫く続いていたのだ。
皇帝エリルに会い、マリトの意思を聞いた後も、自室も籠りがちであった幸も、カウセルマン家の人々との交流や、ワイアットの励ましにより、次第に元気を取り戻して行った。
本当に、心に付ける薬は、時間しか無いのだと幸は思う。
心も体も、逞しく成長した幸は、早くラジワットに会いたい、という想いで一杯だった。
早くあのラジワットの笑顔に会いたい。
早くラジワットの胸に抱かれたい。
熱い抱擁を交わしたい。
そして、ラジワットと共に、胸を張ってハイヤー家に嫁いで行きたい。
そう思うと、幸の足は、自ずと速くなってしまうのである。
・・・もっとも、早くなっているのはユキちゃんの足であるのだが。
ユニホンであるユキちゃんも、この2年ですっかり成獣となり、勅命巫女の専用馬(馬?)として、今ではロンデンベイル師団のシンボル的役割を果たしていた。
二本の角が、その猛々しいユニホンの強さを一層増して見せた。
幸は、ユキちゃんを飼うと決めた時、大きな間違いを犯していた・・・・ユキちゃんはメスではなく、オスだったのだ。
・・・・今更、名前を変えることも出来ないので・・・彼はそのままユキちゃんなのである。
ロンデンベイル師団は、こうして国境に迫った。
そして、あの懐かしいランカース村が、目の前に迫っていた。
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