大規模侵攻作戦

第163話 この春、いよいよ

 こうして、2年前のあの日、実の妹であるエレシーとヨヨは、同時にヨワイドと結婚した。

 ヨワイドの求婚を断った幸としては、とにかくカウセルマン家に居ずらい状況となったが、どうしてか、今度はエレシーが幸を離さなくなってしまった。

 エレシーとヨワイドの結婚は、望みが叶ったとはいえ、未だエレシーの立ち位置はおかしなままである。

 義兄弟の結婚には、法律上寛大なこの国の法律であるが、腹違いの兄妹ともなると、かなり微妙であり、もはや解釈と個別案件のレベルである。

 しかし、あの日、幸がエレシーに言い放った一言が、その後のエレシーには心強い指標としてあり続けた。

 幸が一人、味方でいてくれる間は、自分はヨワイド兄様の正当な妻として認められたような気がしていた。

 そもそも、二人一緒のプロポーズであったため、どちらが第一夫人であるかも曖昧で、貴族の間でも、専らの話題ですらあった。


 こうして、エレシーと幸とヨヨは、不思議な縁で、大の親友になってしまった。

 

 それ以降、エレシーは幸から剣の稽古を受けていた。

 幸自身も、まだ人に剣を教えられるレベルではないものの、エレシーは頑なに幸以外の人物から剣術の稽古を拒んでいた。

 

 しかし、そんな女たちの想いとは別に、軍務は着々と越境攻撃に向け進んでいた。

 ロンデンベイル騎兵師団の戦力化までに、この2年を要してしまったのだ。 

 それは、越境侵攻を目的にしていたため、現地の地形、軍の規律、占領統治後の秩序について、それは当時最新の国際法を学ばせていたからである。

 幸が経験した、タタリア騎兵軍団。

 あの無秩序で横暴な野蛮人の群に、オルコ帝国軍にはなって欲しくはない、という想いがあった。

 そしてこの度、ロンデンベイル騎兵師団を挙げての一大演習を終え、いよいよこの春、タタリア侵攻作戦を開始する運びとなったのである。


 幸は、初めて皇帝陛下に謁見えっけんして以降、定期的に皇帝との謁見が許されていた。

 

 謁見の最後に、必ず人払いがなされ、二人は他愛のない会話に興じ、楽しい時間を過ごしていた。


「ねえミユキお姉ちゃん、あれからヨワイドとエレシーは、どうなの?」


 皇帝陛下は、未だ幸の事を「ミユキお姉ちゃん」と呼ぶ。

 その度に、幸は心の底から幸福であった。

 考えてもみれば、自分の事を本名のミユキで呼んでくれるのは、今や皇帝陛下一人だけである。

 幸にとって、皇帝と過ごす時間は、至福の時と言えた。


「エレシーは、見違えるように生き生きしているわ。やっぱり、だれかに言われたから結婚する、というのは間違いよね」


「お姉ちゃんは、考え方が自由だね。僕は皇帝だから、決められた結婚しかできないから、正直この話を聞いた時はびっくりしたよ、でも、なんだかロマンチックでいいよね」


「あら、エリルちゃんは、誰か好きな子がいるの?」


「・・・・えーっ、お姉ちゃん、それ、聞いちゃうの?、・・・第一、それって・・・もう、お姉ちゃんは、本当に鈍いね!」


「ちょっと、なによ、一人で大人ぶってさ、私だって、もう17歳なんですからね、大人よ!」


 皇帝エリルは、そんな幸を見ながら、しみじみ思いに耽るのである。

 初めて出会った頃、まだどこかあどけない雰囲気すらあった彼女が、今では本当に美しい女性へと変貌していた。

 それは、本人が気づいていないだけで、周囲をうっとりさせるほどである。

 そんな幸の口から、「誰か好きな子でもいるのか」なんて言い出すものだから、皇帝も焦ってしまった。


 そんなもの、いるに決まっている。

 自分は、マリトの半分なんだから、幸の事がどれだけ好きか、なんて、もうとっくに気付いていると思っていた。


 自分ばかり美しくなって、なんだか皇帝は、一人置いて行かれたような気持ちになる。


「ねえ、お姉ちゃん、ロンデンベイル師団は、どうかな?」


「ええ、準備万端よ、まさか、戦力化に2年もかかるなんて思わなかったわ」


「軍の編成は、時間がかかるんだよ、でも、国民の中には、未だロンデンベイルの惨状に対しての怒りが凄まじいからね」


 皇帝は、事実上のラジワット救出作戦の要であるロンデンベイル師団を、本当は行かせたくは無かった。

 しかし、幸の想いを考えれば、帝国初の越境侵攻専門部隊の設立は、やむを得ない事と考えていた。


 この春、いよいよ越境作戦が開始される。


 タタリアは、依然内戦の最中にあった。

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