第162話 理屈じゃないもの
「あなた・・・・私をバカにするの?」
大振りな剣の構えに、交わすなり、受け太刀するなり、いくらでも方法はあったはずだ。
しかし、幸は剣を構えたまま、動こうとしなかった。
それは、かつてヨワイドが幸から決闘を申し入れられた時に行った行動と、ほぼ同じである。
しかし、エレシーも貴族の娘、プライドを誰よりも重んじる人間だ。
決闘を申し込んだ相手から、このような扱いを受ける、これほど恥な事はないだろう。
「エレシー・・・残念だけど、貴女は私の相手にはならないわ。私も、かつて今の貴方と同じように、ヨワイドに決闘を申し込んだの、でもね、彼は私の剣を、身体で受けたのよ」
動きを止めていたエレシーが、ようやく剣を下げる。
しかし、表情は怒りに満ち溢れたままである。
そんなエレシーに、幸は語り続ける。
「あなたがヨワイドを愛しているなら、それを貫けばいい、私は反対しないわ。人を好きになるって、理屈じゃないもの。私だって、たった一人の男性を助けたいために、こうして帝国軍に軍属として加わっているのよ、だから、貴女は私を討って、私をこの家から追い出すべきだわ、そうなって初めて、私達、ちゃんとお話しできるんじゃないかしら」
立会人のヨヨも、これは困った事になったと、大いに慌てた。
帝国の決闘が、このような形で停止する、そんな事、聞いた事が無いのだ。
そんな神聖な決闘の場に、当事者が割って入る。
ヨワイドだ。
「二人とも、今回の事件は、私の事で起こった事だね、だから、二人に提案をしたい、いいかい?」
ヨワイドの表情は、いたって穏やかだ。
彼もまた、全てを受け入れる覚悟をしたように見える。
「エレシー、ヨヨ、そしてフェアリータ、我が妃となれ、私が三人まとめて娶る、受けてくれるね三人とも、それで、この勝負は永遠に私が預かる」
決闘会場は、静寂に包まれた。
いやいや、決闘をしている二人と、立会をしているヨヨも、固まってしまった。
・・・・はい?、えっ、なんで、ここで・・・プロポーズ???
最初に大笑いをしたのは、他ならぬカウセルマン公爵である。
「ハハハ!、ヨワイド、面白い事を申すな、それ、気に入ったぞ!、私は賛成だ!、エレシー、もうお前も、ヨワイドに嫁げ!」
そう言うと、公爵は再び大笑いを始めた。
唖然とする当事者・・・の女性陣。
「ちょっと待ってください、私にはラジワット・ハイヤーと言う婚約者がおりまして・・・」
「うむ、、、では、エレシーとヨヨは、どうするね」
木剣を、力なく下すエレシーは、何と返すのが最適解かがさっぱり解らず、途方に暮れていた。
ヨヨも、突然の申し出に、とにかく困惑していた、こんな形で求婚されるとは思っていなかったからだ。
本音を言えば、直ぐにでも「はい」と返事をして、ヨワイドに抱き着いてしまいたいほどであったが、そこは貴族同士の嗜み、一度持ち帰って返事をします、というのが慣例だろう。
ところが、それに異を唱えるのも、また幸なのである。
「エレシー、あなた、私に命がけで挑んでくるほどヨワイドの事が好きなんでしょ!、なんなの、ヨワイドがプロポーズしたのよ!、こんな奇跡、もう二度と起こらないわ、何を躊躇することがあるの?、貴女のゴールは目の前にあるのよ、進みなさい!、世間体なんてどうだっていい、私はあなたの一途な恋を応援するし、味方になるわ、だから、ヨワイドのプロポーズをOKなさい!」
エレシーが、意外と言う表情で幸を見つめる。
本来、こんな事はあってはならない、兄妹で結婚などという事が、あってはならない。
しかし、幸にとって、そう言った常識や慣習を乗り越えて結ばれる人たちが、自身の境遇に重なってしまうのである。
エレシーに「進みなさい」と促す一言は、自分自身へ向けられたものである。
動揺するカウセルマン家の家族たち、特に第二夫人の驚きようは凄まじいものであったが、公爵があまりにも機嫌良く笑うものだから、なんだかそれでもいいのか、という気持ちになって行った。
第二夫人の立場からすれば、亡くなった第一夫人の一人息子と自分の娘が、どのような形であれ幸せになれるなら、この秘密を墓まで持って行こうと言う気にもなれる。
エレシーは、少し涙ぐんで、幸の申し出を受け入れることとした。
幸は、木剣を地面に突き刺し、エレシーを抱き締めた。
エレシーもまた、幸を抱き返す。
一人立ち尽くす、ヨヨ・バシリカ30歳。
これ・・・・このプロポーズ、受けなければいけないのかしら・・・。
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