第161話 本気で好きになった人

 翌日、エレシーの申し出の通り、カウセルマン家の中庭において、エレシーとフェアリータこと幸の決闘が準備されていた。


 しかし、婦女子の決闘、さすがに真剣という訳にも行かず、ヨワイドの提案により木剣を用いての決闘となった。

 エレシーは、当初本気の決闘にもかかわらず、木剣を用いることに激昂したが、ヨワイドの説得により渋々了承された。

 幸は、結局当日を迎えてしまった事に、やり場の無い憤りを覚えていた。

 それはエレシーに対してではなく、自分がエレシーの気持ちに気付くことなく、当日を迎えてしまった事に他ならない。


 自分だって、本気で好きになった人がいる。

 マリトだって、実の弟ではないものの、本気で愛した弟だ。

 姉弟にだって、恋愛感情は成立する、それが実るか否かは別にしてもだ。

 本人の気持ちを、それを理由に変えることなんて出来ない事は、今の幸には痛いほどわかる。

 ラジワットの事を諦めて、帝都で幸福に暮らせるだろうか。

 ラジワットとの婚約を破棄して、別の男と結婚できるだろうか。


 そんな事は出来ないのだ、天地がひっくり返ったって、ラジワットの事を忘れる事は出来ない。

 もし、自分がラジワットの事を諦める時は、自分が死ぬときだけ、そう思う。


 それ故に、エレシーが真剣勝負に拘った事を聞いて、幸はとても切ない恋愛感情が、もう精一杯なのだと言う事が、痛いほど解った。

 エレシーとヨワイドとヨヨ、この不思議な三角関係は、奇跡的に調和しているのだ。

 それをわざわざ壊すような行為、それは、エレシーの叫びではないだろうか。


「それでは両者、構え!」


 立会人となった、ヨヨが号令をかける。

 ヨヨもエレシーも、普段は美しいドレスに身を包んでいたが、この時は、男装に剣を携えていた。

 ヨヨも、エレシーの本気に、しっかりと向かい合いたいと考え、自身も帯剣しての立会だ。


「この勝負、勝敗は立会人のをもって、決定とする。敗者は即刻、カウセルマン家を出る、という事で相違ないか」


 向かい合うエレシーと幸は、それで良い、という合図を、手を挙げて送ると、決闘の条件が全て出そろった。

 見守るカウセルマン家の家族たち。

 カウセルマン公爵も、気が気ではない、何しろ自分の娘が家を出るやもしれない、ましてや、フェアリータは、皇帝からの勅命により、当家の賓客として迎えている、それが家を出るなどという事になれば、それこそ反逆の嫌疑をかけられるやもしれない。

 ヨワイドも、いくら事情が事情とはいえ、可愛い妹が幸に打ちのめされるのを見たくはない。

 一度剣を交えたヨワイドは、幸の剣術レベルを良く知っている。

 自分とは勝負にならなくとも、妹ほどの素人が敵う相手ではない。

 

 二人は、木剣を構えると、ヨヨの開始合図を待った。

 ヨヨも、本音を言えば絶対にやりたくはない、自分にとっても、エレシーは生まれた頃からよく知っている妹そのもの、少しでも傷付いて欲しくは無かった。

 それでも、勝負開始の合図を出さない訳には行かない。

 あの幼かったエレシーが、兄を掛けて挑んでいる、30年も片思いを引きずっているヨヨにとって、これほど勇気付けられる事件はない。

 だから、これは自分がやらなくてはならない、この勝負の立会だけは、自分の仕事だ。


「勝負、開始!」


 二人を隔てていたヨヨの手が、大きく上に引き上げられ、決闘が始まった。


 エレシーは、意外にも猪突猛進に幸に飛び込んでくる。


「いけないエレシー!、それでは」


 ヨワイドが、反射的に声を挙げてしまう。

 それは、剣士としての反射的行動、エレシーの取った行動は、100%敗北につながる動きであったから。

 いや・・・・この勝負、どのような動きをしても、エレシーが敗北する、それ故、ヨワイドの叫びは、間違いともいえる。


 そんな勝負が、思わぬ方向へと転がり出す。

 幸が、予想外の行動に出るのである。

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