第138話 ティータイム

「ミユキ、今回はすっかり世話になってしまったな」


 炭焼き小屋に到着してから、既に3日が過ぎていた。

 ラジワットは、二日間ほど深い眠りに就いていた。

 それは、まるでラジワットが死んでしまうんではないかと不安になるほどの深い眠りであった。

 ラジワットは、傷口が化膿し、高熱を出していた、感染症を考えると、意外と危険な状況である。


 幸は、そんなラジワットを看病しながら、ひたすら孤独と恐怖の間で戦い続けたのである。


 そんな三日目、ラジワットは、すっかり回復し、食欲も復活した様子だった。

 

 ラジワットは、とにかく食べた、まるでこの三日分を補うかのように。

 そして、食事が終わった後、お茶を入れた幸と、小さなテーブルを挟んで、二人は久々に会話をした。

 ラジワットは、何度も幸にお礼を言い、幸はその度に謙遜する。

 そんな他愛のない会話。

 それでも、やはりマリトの事で、お互いはその距離を縮める事が出来ず、苦慮するのである。

 お互いが、きっとマリトの事で傷付いている、と思い。


 ここはまだタタリア領、早く国境を越えてしまえば良いのだが、不思議と今は心が落ち着く。

 正直、今この炭焼き小屋で出て、寒い外には出たくないとさえ考えてしまう。

 お茶を挟み、二人はそんな時間を過ごした。


 それでも、行かなくてはならない、とにかく国境を越えなければ、自分たちに明日はない。


 ラジワットは、病み上がりの身体に鞭を打ち、何とか旅支度をした。


「ねえ、ラジワットさん・・・・もう一泊だけ、してゆきませんか?、もう国境は直ぐそこですし」


 ラジワットは、幸の言葉に、優しく答えた、笑顔をもって。


 ああ、やっぱり自分は、ラジワットの事が好きなんだと、あらためて思う。

 この人の笑顔が、なにより自分を癒してくれる。

 この人の笑顔のためなら、きっと何でもできる。

 マリトちゃんが居ない今、ラジワットさんを支えられるのは、自分だけだと思う。

 それでも、恥ずかしいと思ってしまう。 

 昨日までの距離感が、余計に恥ずかしさを助長する。

 

 それでも、こうしてラジワットとお茶を飲んでいる時こそが、きっと自分は一番幸福なんだと思う。


 国境を越えたら、ラジワットさんと、もう少し仲良くしよう、距離を詰めよう。

 そんな想いを胸に、幸は四日目の夜を、回復したラジワットの横で安心して眠るのである。


 明日は、いよいよ越境となるだろうから。



 そして、二人と一匹の旅路は、最終局面を迎える。

 国境がすぐそこまでの距離になったところで、幸は愕然とするのである。


「そんな・・・ラジワットさん、こんな事って!」


「落ち着いて、ミユキ、今は大きな声を出すべきではない」


 その光景は、幸を落ち着かせようと諭すラジワットの心をも、落胆させるものであった。


 二人は一瞬、昨日の炭焼き小屋に帰った方が良いのでは、とさえ考えたほどだ。


 そして、二人の脳裏には、あのランカース村の事が、同時に過るのであった。

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