第137話 暗中模索

 ラジワットの上半身を拭きとる。

 山賊村で受けた傷なんだとは思うが、これほどの傷、よく耐えて旅路を続けたものだ。

 内臓は出ていないが、本来であれば、縫った方が良いレベルだ。

 とにかく、今は休養しか方法はない。

 下半身は、、、後回しにした。

 

 ・・・・今は怪我の回復が優先だ、下半身は元気になってから自分で拭いてもらおう。


 鍋に掛けた粥を、ラジワットに食べさせる。

 こんな事をしていると、お母さんになったみたいだ。

 おかあさん・・・・。

 マリトの世話をしている時、自分は母親になったような、不思議な感覚を持っていたのだと、今更気付いてしまう。

 

 ダメだ、今はそんな事を考えてはならない。


 悲しみが、一瞬、発作的に幸を襲う。

 ラジワットだって、辛いに決まっている。

 自分だけが涙を流すのは、やはりラジワットに申し訳ない。

 

 旅の疲れは、相当なものだったのだろう。

 ラジワットは、食事が終わると、直ぐに寝てしまった。

 ロンデンベイルから、これだけの荷物を背負っての逃避行、よくこのタタリア山脈を越えたものだ。

 幸は、ラジワットの寝顔を見ながら、これまでの事を考えていた。

 こんなに静かな夜は、何時ぶりだろう。


 幸は、ラジワットが寝ている内に、自分も体を拭いてしまおうと思った。


 備え付けの大きな桶に湯を張り、幸は裸になって、足を浸した。

 寝ているとは言え、ラジワットがいる目の前で裸になるのは、少し緊張したが、幸も風呂に入っていないため、実は早く風呂に入りたいと思っていた。

 湯を張った桶は、少し大きめのサイズであったため、下半身を湯に浸し、タオルで身体を拭う。

 こんな適当な風呂ながら、生きかえったように気持ちが良い。

 身体を拭き終わると、幸は体育座りで桶に座ると、暫く考え事をしていた。


 実はこの時、ラジワットは薄っすらと意識があり、それが夢なのか現実なのかは解らないものの、幸がとても美しいと感じていた。


 見てないフリをするのも愛情だと思い、ラジワットはそのまま寝続けた。

 

 静かな夜は、こうして更けて行き、幸も久々に足を延ばして寝ることが出来た。

 ラジワットにベッドを譲っているため、自分は床に毛布であったが、それでも暖炉の火の前で温かくしながらこうして寝られる幸福を噛みしめながら、早く国境を越えて、ラジワットの屋敷に入ってしまいたいと心から思う。

 旅は辛い。

 マリトを失って以降の旅路は、何をやっても辛いと感じる。

 

 それでも、幸はラジワットと少し心の距離が開いてしまっている事を気にしていた。

 別に嫌いになった訳ではない、それはラジワットも同じであるが、マリトの一件以来、お互いがお互いの距離を測りかねている部分があった。

 これだけ二人が愛し合っているのだから、本来であれば、二人の旅路はもっと心が弾むものになっても良いはずである。

 しかし、それは絶対にそうはならないのである。


 幸の心は複雑だった。


 自分が、ラジワットに対して抱く思いが、マリトに対してとても不誠実に感じられてしまうのである。


 オルコアの都に着いて、ラジワットの屋敷、ハイヤー家の門をくぐり・・・その後、自分はどうラジワットと接したら良いのだろう。

 あの求婚を受けて、何も無かったように、ラジワットの奥さんになれば良いのだろうか。


 幸は、そんな自分の将来を考えながら、どうにも落としどころの無い、スパイラルに陥るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る