第136話 炭焼き小屋

「・・・大丈夫だミユキ、だから、君も少し休みなさい」


 そう言うラジワットは、明らかに大丈夫なんかでは無かった。

 明らかなやせ我慢、弱い所を、決して人には見せない鋼の男。

 そんなラジワットが、冷や汗をかいている、それがいかに異常な事かは明白である。

 

「ラジワットさん、今日だけは、私の言う事を聞いてください、いいですね」


 幸はそう言うと、ラジワットの全身を調べ始めた。

 肌寒い中ではあったが、毛布を被せながら、身体の細部を触診した。

 すると、脇腹の辺りに、明らかな異変が感じられた。

 ラジワットも、少しだけ声にならない声を上げ、痛みを堪えていた様子だった。


 触診した部位には、古くなった血が悪臭を放っている。

 

「どうして黙っていたんですか?、これでは先になんて進めないじゃないですか!」


 幸は、少し本気で怒った。

 いくらラジワットでも、不死身ではない、マリトだって死んだのだ、目の前のラジワットだって、人間は平等に死がやって来る、一定の条件が揃えば、人は死ぬのだ。


「とにかく、旅は一度お休みです、ラジワットさんが死んだら・・・ラジワットさんまで死んでしまったら、私は・・・」


 そこまで言うと、幸は思わず泣き出してしまった。

 人間は、言葉に出すと、涙が堪えられなくなってしまう。

 弱ったラジワットの前では、気丈に振る舞うつもりだったのに、・・・そんな所も、幸は自分に対して嫌気が刺してしまうのである。

 これまで、ラジワットに酷い事を言って来た。

 それだって、まだ謝り切れていない。


「ミユキ、多分、この先に、炭焼き小屋があると思う、ここより幾分かマシだと思うから、そこまでがんばれるか?」


 ラジワットは、こんな時でも幸を一番に心配してくれる。

 今だ、今こそ自分がしっかりしなくては。

 幸は、一度展開した荷物をまとめると、ユキちゃんの背中に乗せて、ラジワットの言う炭焼き小屋を目指した。

 

 ラジワットが言う通り、炭焼き小屋は意外と近くに存在していた。

 この地域には、森もあり、以前は人が住んでいたような雰囲気が感じられた。

 小屋の中には、ご丁寧な事にいくらかの食料備蓄も備わっていた。

 穀物庫には、塩、蕎麦、小麦、米まである。

 この地方の人の知恵なんだろう、誰が小屋を訪れても、たどり着いた人が飢えてしまわないように、人々はこうして自分の穀物を共助に分け合う習慣がある。

 幸は、小屋の裏手に薪がある事も確認すると、ラジワットの怪我が回復するまでの時間を稼げる事を理解した。


 手早くベッドの準備をすると、ラジワットを横にして、自身は水を汲み、薪を燃やして部屋を暖め、お湯を沸かした。

 備蓄の穀物を使って、簡単な粥を作り、持参の香辛料などを使って味付けをする。

 殺風景だった炭焼き小屋は、すぐに人の住まう温もりを回復する。


 桶にお湯を汲み、寝ていたラジワットに声をかける


「ラジワットさん、辛いかもしれませんが、一度身体を拭きます、・・・裸になってください」


 ラジワットは、朦朧とした意識のまま、幸が言う通りに半裸になった。


 暖炉の火だけが音を発する部屋の中で、幸は恥ずかしいという想いを押し殺しながら、ラジワットの身体を拭いた。

 多分、衛生的に一度汗を拭きとって、傷口を消毒する必要がある。

 それにしても、ラジワットの身体は、鍛えられていて、見ていて美しいと感じる。

 さすがに、これほど丁寧に身体のラインを見るのは初めてだ。

 身体を拭いていて、その凹凸が理解出来る度に、幸の心は疼いてしまう。


 しかし、その疼きの正体が、幸には解らないのである。

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