第134話 私は行けません
「大変だ!、集会場が襲撃を受けている、起きろ!、襲撃だ!」
有名無実化状態であった番兵が、集会場の異変を察知して、周囲に襲撃を警告する。
飛び起きた兵士たちが、慌てて各家家から飛び出してくるが、そこを弓矢で尽く撃たれる。
この短い間に、タタリア駐屯部隊は次々に倒れて行く。
「バシラ、長居は無用だ、いずれにしても、この人数を全滅させることは出来ない、逃げるぞ」
背中に燃え盛る集会場の火の手を映しながら、ラジワット達は走った。
集会場から火の手が上がったのは、遠く村外れで待ち構えていた幸からもはっきりと見えていた。
これだけ何もない地域、火の手が上がれば、かなり遠くからでも視認することが出来る。
そんな村の方向から、何人かこちらへ向かってくるのが見えた。
誰だ、ラジワットか?、それとも・・・・
幸は、少し緊張しながら木陰に隠れて、その人たちが誰なのかを確認した。
それは、明らかに兵士ではない。
「ラジワットさん!」
急に声を掛けられた男たちは、一瞬驚いた表情を浮かべた。
「・・・フェアリータさん?、おお、フェアリータさんだ!」
そこには、いつかの日に幸達を襲った山賊のメンバーがいた。
「あの、ラジワットさんやセシルさんは?」
「ああ、もう来ると思います、もう少し足止めしてから来ると言っていましたから」
「皆さん、よくご無事で」
「ええ、ラジワット様が助けてくれなければ、私達は今頃・・・」
男たちは、感極まって涙しているようだった。
無理もない、この状況では、確実に処刑されていたであろう運命を、ラジワットだけが救いの手を伸ばしてくれたのだから。
そして、再び村の方向から近付いて来る複数の人影があった。
「ラジワットさん!」
幸は、少し疎遠となっていたラジワットに、勢いよく近付くが、やはり抱き着いたりはせず、少し余所余所しい態度を取ってしまう。
「ミユキ、無事だったんだね、良かった、セシルも無事だ」
「ああ、フェアリータ様!」
セシルが幸に抱き着く。
相変わらずの美しい容姿、しかし、その服装は男性のそれと同じである。
「セシル・・・、さん?」
セシルは、幸になにかを囁いた。
あの、癒し系女子のセシルの印象から、少し変わったような印象を受ける。
「ラジワット様、私達はここまででお暇致します、フェアリータ様とご一緒に、このままお進みください」
「セシル・・・・君は来てくれないのか?」
セシルは、その一言を聞いて、心から嬉しかった。
本気で好きになった男が、「行かないのか」、ではなく、「来てくれないのか」、と聞いてくれたのだ。
それは、少しでも女性として、自分を欲してくれている事の証。
救出される少し前まで、タタリア騎兵によって慰み者になっていた自分、汚れてしまった自分の事を、未だそんな風に思ってくれる。
セシルは、それだけでもう十分だと思った。
さっき、自分はラジワットに強く抱きついた、あの時、女である自分は死んだのだと。
「残念ですが、私はこの先には行けません、お救い頂いたこの命、兄と共に、お二人の逃避行が無事国境まで到着できますよう、御助力させて頂きます」
バシラも、妹と思いは同じ、という顔で立っていた。
本当に、山賊にしておくには勿体ないと思えるほど、勇敢な表情である。
「そうか・・・残念だが、君たちにも君たちの流儀があるだろう、私が出来るのはここまでだ、もし困った事があれば、国境を越えた先に、ランカースという村がある、私の名前を出せば、君たちを迎え入れてくれるだろう、達者でな」
セシルの表情は、今一度、女の顔に戻っていた。
それは本人も気付かぬ内に、それはどうしようもない感情が、セシルの顔には現れていた。
ラジワットの事を、もうどうしようも無く愛している
ラジワットと共に、この先に進める事が、どれだけ幸福なことであるか、幸はこの時知るのである。
きっと、このセシルの表情を、忘れる事は無いだろう。
これからセシルやバシラに、どんな運命が待っているかは解らない。
それでも、この山賊たちの幸福を願わずにはいられなかった。
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