第132話 一度だけ

「ではミユキ、手筈の通りに、頼むぞ」


 ラジワットは、荷物を全てユキちゃんの背中に背負わせて、自分は一人、寝静まった山賊村に向かった。

 幸とユキちゃんは、村の反対側になる、ランカース村方面に向かう一本道の先で、ラジワットが来るのを待つことにした。

 

 ラジワットは、剣を短剣に持ち替え、潜入に必要な最低限の物だけ持って、深夜の村に入った。

 番兵は、よもや単独で、山賊の村に侵入する人間が居るとは思っておらず、ほとんど形骸化した状態である。

 村の中は、先ほどまで酒に酔った兵士達が、村の中で乱暴を働いていたらしく、かなり散らかっていた。

 これほど深夜だと言うのに、若い娘の居る家では、兵士が夜這いをかけて、ユラユラと火が揺れるのが窓越しに見えた。

 

 ラジワットは、まずバシラの居場所を突き止める必要があると考えた。


 この状況、恐らくは、族長であるガーセルの家が、部隊長の今居る場所で、その地下室にでも囚われているのだろう、と予想した。


 タタリアでは、山賊の類いは、捕縛後速やかに縛り首、というのが決まっている。

 この世界は、山賊に対してそれほど寛大ではないし、法律で人権に対する保護政策は取られていない。

 絶対君主制のこの世界では、犯罪に対して、見せしめと言う方法が、まだまだ一般的である。


 それ故に、バシラの遺体が未だ晒されていない、という事実は、地下に囚われている事の証明でもあった。


 可哀想だが、セシルは、部隊長の慰み者として、囲われている事だろう。

 そうすると、一番最初にラジワットがしなければならない事は、セシルの救出である。


 ガーセルの屋敷は、何度も招かれたこともあって、良く知っていた。

 裏口から容易に侵入し、家長の寝室へ向け真っすぐ進んだ。

 予想以上に、この屋敷の警備は甘い。

 それだけ、タタリア騎兵を恐れ、今や敵対する勢力などという者は居ない、という奢りすら感じられた。


 

 ラジワットも、本来得意とするゲリラ戦ではあるが、それは久々の行いである。

 月と雪によって、少し明るい族長の寝室には、予想通り部隊長と女性が一人、寝ている。

 女性の方は、恐らくセシルだろう、可愛そうに、やはり囲われていたか。

 肌寒いこの部屋で、衣服を着る事を許されないセシルは、逃走防止のためか全裸で部隊長とベッドを共にしていた。


 ラジワットは、ベッドの下に身体を滑りこませると、タオルで部隊長の顔を覆い、そのままベッドに縛着する。

手際よく口を思いっきり押え、短刀で首を大きく切り裁いた。

 部隊長は、声を上げて抵抗しようとするが、その全てを先にラジワットが抑え込んでいるため、思うように抵抗出来ずにいた。

首からは、チューブを切ったように血液が吹き出し、ベッドを染めていく。

 隣で寝ていた部隊長が、ジタバタともがくので、目を覚ました女性は、思わず悲鳴を上げそうになるが、襲撃した人物が、恐らくはラジワットであることを瞬時に察し、その女性は息を殺して見守った。


「セシル、セシルだね、助けに来た、もうすぐこの部隊長は、失血で意識を失う、その隙に、バシラを助けてこの村を出るぞ」


 小声でそう言うラジワットを、もう感動の涙で見つめるのは、やはりセシルである。

 その美しい裸体を月の光に照らされながら、彼女は感無量の思いであった。


 部隊長は、こうして意識を失った。

 切り開いた首の傷からは、未だ血液が流れ続けている。

 これで、この部隊長は、放っておいても助かる事はない。

 

「ラジワット様、どうしてここへ?」


「ああ、旅路の帰りにな、タタリア騎兵に襲撃されていたこの村を通った、セシルも囚われの身だろうと思ってな、バシラも、私の部下だからな、行きがけに助けようと思っての事だ、ミユキにも助けてあげて欲しいとせがまれてな」


 セシルは、感動で身体が震えた。

 恋焦がれた男性が、命をかけて自分を助けに来てくれた。

 もはや、これ以上、何を欲しようと言うのか。

 セシルは一度だけ、ラジワットに強く抱きつき、思いの全てをラジワットにぶつけた。


 それで、セシルの恋は終わったのだ。


 急ぎ服を着ると、ラジワットにこの村がどんな状況かを説明する。

 ラジワットが予想した通り、この村の若い男たちは労働力として捕えられていた。

 いずれは処刑する予定であるが、同じ殺すならば、労働力として使った後でも良いだろうと。

 セシルは女性の服装ではなく、男装に武器を持ってラジワットを案内した。

 それが、セシルの覚悟であることも、ラジワットには良く理解できていた。


 セシルのように美しい女性から好意を寄せられて、嬉しくない男はいないだろう。

 

 だが、彼女は戦う道を選んだ、それがこの服装の答えなのだ。

 セシルを少女時代から知っているラジワットからすれば、そんな彼女の決意が少しだけ切なく感じられた。

 

 一瞬だけ、ラジワットはセシルを第2夫人として迎え、越境することを考えてしまった。

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