第131話 失いたくない
「ラジワットさん、あなたはマリトちゃんの事を、何とも思わないんですか?、父親でしょ!」
ラジワットの涙も未だ乾かぬ内の事である。
幸は、遂にラジワットへ自分の気持ちをぶつけてしまうのである。
「可哀想だよ、マリトちゃん、あんな山の中に一人ぼっちで、どうして?、どうして置いて来てしまったの?ねえ!」
着き始めた焚火の火が、ようやくパチパチと音を立てて周囲を温め始めた頃だった。
ラジワットは、幸の攻めに、何ら言い訳をしようとしなかった。
ラジワット自身も、本当は誰かにこの悲しさをぶつけてしまいたかったが、年長者として、父親として、幸の気持ちが痛いほど解るから、今自分にできる事は、幸の攻めを受け止める事だと感じていた。
静かな夜だった。
幸のすすり泣く声が、焚火の音とともに、いつまでも聞こえていた。
もう、このまま、ラジワットと幸は、一生口をきかないのではないか、そう思えるほど、幸の態度は頑なであった。
そんな事があってから、5日ほど進んだ時だった。
山脈の南側に出て以降、幸運にも吹雪に晒されることもなく、順調に旅路は進んでいた。
しかし、一番恐れていたものが、眼前に広がっていたのである。
「ミユキ、見えるか?、タタリア騎兵が、村を制圧している・・・・マリトの事で、怒っているのは解るが、少しの間で構わない、私の言う事を聞いてくれないか」
幸自身も、ラジワットに対して怒ってなんかいなかった。
むしろ、自分の感情に、どうすることも出来ない自分自身に腹が立って仕方が無かった。
どうして自分は、こうも狭量なんだろうと、本当に自分が嫌になっていた。
しかし、目の前に広がる光景が、そんな狭量な自身を忘れさせるほどの衝撃を幸に与えるのである。
「ラジワットさん、あれ、あれって!」
「・・・・ああ、ガーセルの・・・・遺体だな」
「そんな、酷い・・・」
そこには、かつて幸達を襲って、ラジワットに返り討ちにされた山賊村の人々が、処刑され、晒し者にされている光景だった。
そこには、村長となっていた、バシラの父親、ガーセル・ロウメイが、先頭で張付けにされ、処刑されたあとである。
その周囲には、村を制圧したであろう、タタリア騎兵軍団が、襟元を緩め、村を蹂躙していた。
「なんて酷い事を、・・・バシラさんやセシルさん達は、どうしているんだろう」
幸が最初に思い出したのは、ラジワットの子分になったバシラや妹のセシルのことだった。
父親があの状態だ、二人もただでは済まないだろう。
「ラジワットさん、私、謝ります、酷い事を言ってしまいました、だから、お願いします、セシルさんやバシラさん達を助けまてもらえませんか」
幸の正義感は、乾いたラジワットの心に火を灯すものであった。
しかし、この地方にも、雪が下りている、逃走経路は、足跡で簡単に辿れてしまうだろう。
それでも、ラジワットもセシルの健気な表情を思い出し、バシラと共に自分に思いを寄せてくれる人間を、やはり無視して通過することなんて、出来ないと考えるのである。
もっとも、彼らが未だ生きているかどうかは解らない。
それでも、近衛連隊長であったラジワットには、この状況であれば、二人は生きていると考えるに相当する根拠もあった。
まず、晒し者にされているのが村長のガーセルと数人のみであること、そして、駐屯しているタタリア騎兵が中隊規模である事。
それは、村の男たちは、労働力として捕縛し、女は兵士達の慰み者として使用されている事が容易に理解出来るのである。
それ故に、セシルのように美しい娘は、ただでは済まないという事も。
「ミユキ、夜になるのを待って、私は村に潜入する、無事に脱出出来れば隠密に、発見された場合は、ユキに乗って、全力で走れ、いいね」
幸は、先ほどラジワットに、もしかしたらとてつもなく危険なお願いをしてしまった事をようやく理解したのである。
すると、急にラジワットの背中が遠くなったように感じられた。
嫌だ、このままラジワットまで失いたくない。
「ラジワットさん!、ごめんなさい、この間は、マリトちゃんの事で、酷い事言っちゃって。私、どうしようもなくて・・・でも、私、ラジワットさんまで失ったら、この後、どうして生きて行ったらいいのか、解りません。だから・・・」
幸は、そこまで言うと、その先が出なくなってしまった事に気付いた。
だから・・・ラジワットにどうしてほしいっと言うのだろうか。
「ミユキ、君だって解るだろ、私がこの惨状を見て、放っておける人間ではないと言う事が」
そうだ、ラジワットという男は、自分を慕っている人間を放置して去ることなんて出来ない。
そう言う正義感も、幸がラジワットを好きになった理由なんだと思う。
それ故に、もはやこの惨状を見てそれを放置しようなどとは、仮に幸がお願いをしなかったとしても、思わなかっただろう。
そうして、ラジワットと幸は、夜になるのを寒さを堪えて待つのである。
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