第130話 悲鳴を挙げるように泣き出す
幸は、遠路遙々やってきたワイアットの周囲を、もしかしたらサナリアやキャサリンも一緒なのではないかと期待して確認するが、どうやらワイアットは単独でカウセルマン家へ来たようだった。
「ワイアットさん、どうしてここへ?、そもそも、ドットスはオルコと敵対関係なんじゃ」
「ああ、マッシュ国王陛下と王妃殿下がな・・・・かなり君を心配して、・・・」
ワイアットは、少しカウセルマンに目をやって、少しだけ話の内容を気にしていた。
それは、今回の和平交渉と派兵に関する事項が、実は幸の情報が欲しくて作為したと知られるのは、政治上あまり良くないと考えたからだった。
そもそも、幸とカウセルマンが、現在どのような関係なのかも解らない状況では、政治に絡む内容を知られる訳には行かなかった。
そんな状況を察してか、幸はカウセルマンに一言こう告げたのである。
「何かご事情があるのですね、わかりました、ヨワイド、申し訳ないのですが、席を外してもらえるかしら」
ワイアットは、正直かなり驚いた。
なぜなら、近衛連隊の副連隊長であるカウセルマン大佐を、ファーストネームである「ヨワイド」で、敬称も付けずに呼んだのだから。
そう言えば、フェアリータ殿は、この国の巫女とされていた、それが何か影響しているのだろうか、と考えてしまう。
そして、ワイアットと二人きりになった静かな部屋で、幸はようやく事の次第を語り始めた。
ロンデンベイルが突然閉鎖命令が下り、タタリアに攻め滅ぼされた事、間一髪で難を逃れるも、結局雪山で吹雪に遭遇したこと、そして、マリトが辿った運命について。
幸は、途中から涙声になりながら、それでもなんとかワイアットには全てを伝えなければと考え、一所懸命に話をした。
「私たちは、マリトちゃんの亡骸を残して、タタリア山脈を越えました、でも、あの時の私は、マリトちゃんを失ったショックで、ラジワットさんに、とても辛く当たってしまったのです」
ラジワットは、泣き叫ぶ幸を抱えて、そのまま山頂アタックに挑んだ。
それは、常人であれば、自分一人でも厳しい行程であったが、ラジワット自身も、マリトに次いで幸まで失いたくない、という想いがあった。
それ故に、この無茶な登頂を成功させると、今度は一気に反対側の山道を降り始める。
ラジワットが、ユキちゃんの背中に背負わせた荷物を自分で背負い、代わりに幸をユキちゃんの背中に乗せた。
こうして二人と一匹になった旅路は、そのまま黙々と山を下るのである。
当たりがようやく草木が生える標高になったところで、ラジワットはようやくビバークの場所を選定し、キャンプの準備を始める。
幸は依然、ラジワットと口もきかず、沈黙を守っていた。
そんな幸が、悲鳴を挙げるように泣き出す。
「どうしたミユキ、どこか痛いのか?」
「違います・・・・ここ、ここに、マリトちゃんの・・・」
そこまで言ったところで、幸はもう泣きじゃくって会話にならなかった。
しかし、そこには会話なんて必要無かったのかもしれない。
幸が指さしたのは、ユキちゃんの座席部分だった。
そこには、マリトの物と思われる血の跡が着いていた。
ラジワットも、それを見た途端、これまで堪えていた感情が一気に噴き出し、涙を流さずにはいられなかった。
「マリト・・・・お前、きっと、辛かったろうに、よく、我慢して・・」
それは、ずっとベッドで生活していたマリトが、急にユニホンの背中に乗って旅を始めたことにより、擦れて出血した跡である。
分厚い防寒着を通り抜け、これだけの量の血が染みになると言うことは、マリトの内股は、かなり傷だらけだったことは容易に想像がつく。
マリトは、自分が歩けないと言う負い目から、きっと痛いと言えずにいたのだろう。
そんなマリトの一途さに、幸とラジワットの二人は、いつまでも泣いてマリトへ思いを馳せた。
出来ることなら、今すぐにでもマリトのところに戻って、もう共に死んでしまいたいとさえ、幸は思った。
マリトを置いたまま、ここまで来てしまったラジワットの行動が、幸にはとても冷たく感じられた。
それでも、幸には解っていた、ラジワットが冷たい人間ではないこと、この行いは、他ならぬ幸の為に行ったと言うことを。
それ故に、幸は自分の中にある悲しみを、一体どこにぶつけたら良いのか、途方に暮れていた。
涙に濡れる幸は、ラジワットに酷い事を言ってしまうのであった。
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