第129話 フェアリータの沈黙

 日中の公務を終えたワイアットとカウセルマンは、連れ立ってカウセルマン家の屋敷へ向かった。

 移動は馬車ではなく、二人ともそれぞれ馬に乗ってのことであり、帰りの道中で、深い話には至らなかった。

 それ故に、ラジワットが今、何処にいるのか、それと、一緒のはずのマリトも、今どこにいるのかも依然話題には出来ずにいた。


「さ、むさくるしい所ですが、ゆっくりしていってください」


 むさくるしい・・・?

 ワイアットも、ドットスでは領地を持つ貴族であるが、そんな彼から見ても、カウセルマンの屋敷はかなりの大きさであった。

 恐らく、帝国貴族の中でも、かなり上位の貴族なんだろうと。

 カウセルマンが、ワイアットに夕食までの時間を、ゆっくりくつろいでほしいと告げた時、ワイアットは、先にフェアリータに会いたいと申し出た。

 正直、カウセルマンはかなり迷っていた、今、ワイアットに会わせるべきか、それとも、夕食時に再会させるべきかを。


 しかし、カウセルマンは前者の方を選んだ。

 もちろんそれには理由がある。


「ワイアット、・・・その、実はな、フェアリータ殿は、精神的にかなり参っている、時にヒステリックにもなってしまう、客人である君に、この状態で会わせることが適切か、実はかなり悩ましい、それでも良いかな?」


 ここまで来て、どうして断ることなど出来ようか。

 自分は遥々帝都までやって来た理由の大半は、今日この日のためにある。

 早くフェアリータと再会し、ラジワットとマリトの安否を聞き出さなければならない。


「フェアリータ・・・・入るよ、お客さんだ」


 え?、ここは恐らく客間、女性が居る部屋に、男性が訪ねても良いものか?。

 それは、異常な事だ、未婚の女性が寝泊りしている部屋に、同じく未婚の男性が入るなどという事は、上流社会では考えられない事だ。

 それを犯してでも、カウセルマンはワイアットをここでフェアリータに会わせなければならない理由・・・ワイアットの嫌な予感は、益々高まっていた。


 ゆっくりとドアを開けるカウセルマン、明らかに腫物に障るように、慎重に行動している。

 ワイアットが部屋に入ると、そこは広い閑散とした個室に天蓋付きのベッド、そして窓の近くにはテーブルセットが置かれた洒落た内装だ。

 そこにフェアリータが一人静かに座っていた。


「フェアリータ、君の良く知っている人を連れて来たよ・・・・わかるね」


 幸は、静かにワイアットの方を向き、無表情のまま彼を視認した。

 しかし、生気が抜けたように輝きを失った幸の瞳に、ワイアットはかなり衝撃を受けていた。


「フェアリータ殿・・・?」


 ワイアットは、その一言を絞り出すので精一杯であった。

 さすがに、これはどうしたら良いのか、対応に困っていた。

 すると、ワイアットの横から、カウセルマンがスッと幸の前に跪き、優しく笑い、話しかけるではないか。


「ほら、良くみてごらん、解るね、ワイアットさんだ、ワイアット・メイ・ロームボルド大尉」


 そして、生気を失っていた幸の瞳に、ようやく輝きが戻ると、そのまま涙が頬を伝った。


「・・・・ワイアット・・・さん?、あなた、どうして?、本当に?」


「ああ、ワイアットだ、久しいな、フェアリータ殿、よくご無事で」


 すると、幸は更に泣き出し、頬を紅潮させて本格的に泣き出してしまった。


「辛かったな、・・・色んな事があったのだろう、・・・聞いても?」


 幸は、何とか泣きじゃくる自分を抑えようと必死になるが、一度泣き出したことで、コントロールが出来なくなってしまった。

 

 ワイアットは、これからフェアリータの口から一体何が語られるのか、固唾を飲んで見守るしかなかった。

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