第128話 カウセルマン大佐

 帝都オルコア。

 そこは、強大なオルコ帝国の首都であり、政治経済の中枢である。

 隣国であるドットス王国とは、国境紛争が絶えず、良好な関係とは言い難い両国であったが、ここへ来てオルコ・タタリア国境における衝突が顕著化したことで、オルコ側も、ドットスからの和平提案を了承せざるを得ない状況にあった。


 ドットス王国は、更に捕虜交換と軍事同盟による、軍の派遣まで申し出たことにより、仇敵であったドットスに対する印象も、かなり和らいでいた頃だった。


 兼ねてより申し出ていたワイアット・メイ・ロームボルドは、その希望が叶い、派遣軍の一翼となり、第一次派遣隊として、先遣の名誉を与えられた。

 

 こうして、数か月前では考えられない、ドットス軍人による帝都オルコア訪問が実現したのである。


「ようこそオルコアの都へ。私はこの度、国境から帰りました近衛連隊副連隊長のヨワイド・カウセルマン大佐です」


 金髪のロングに鼻筋が通った顔立ち、北欧の血筋だろうか、ワイアットとは全く異なる印象を受ける。

 カウセルマンは、ラジワット不在の間、遂に大佐まで昇進していたが、連隊長職を頑なに断り続けていた。

 それは、かつての上司であるラジワットが必ず帰って来ると信じての事である。


「左様でございましたか、今回の国境紛争は、かなりの激戦だったと聞きます・・・ロンデンベイルは、大変なことになったと聞き及びますが」


 ワイアットは、たった今まで戦場に居たこの男が、近衛連隊の副連隊長と聞いて、少し緊張した。

 それは、ワイアットの所属する連隊も、南の国境紛争では、この近衛連隊と戦火を交えていたからだ。

 それは、ラジワットが近衛の連隊長であった事実を聞いた時も同様であったのだが、この時は、それが逆に作用したのである。


「カウセルマン大佐、失礼ですが、その階級で副連隊長ですか・・・すると連隊長は准将か少将がされているのですか?」


「いえ・・・私は最近大佐になりましたので、現在不在にしています上司も、大佐です」


 ワイアットは、それがラジワットを示していることを確信していたが、その名を出すべきか、かなり迷っていた。

 あのロンデンベイル事件が起こってから既に2か月、ここにラジワットが居ないという事は、かなり良くない知らせと考えるべきである。

 それでも、マッシュとサナリアに、出来るだけ早く情報を伝えてあげたい、そんな気持ちでワイアットはとうとうその名を出してしまう。


「失礼ですが、その近衛連隊長閣下は、もしやラジワット・ハイヤー大佐ではござりませぬか?」


 ワイアットのその一言を聞いた途端、カウセルマンの表情が、明らかに作り笑顔から、本当の笑顔へと変化した。


「・・・失礼、ロームボルド大尉は、ラジワット様の事を、・・・その、何処でお聞きになったのですか?」


「・・・・ええ、その、実は、私とラジワット殿は、以前共に旅をしていたことがありまして・・・」


 それは、かなり危険な賭けであった。

 ドットスの軍人が、よりにもよって現敵国であるタタリアを旅していた、という事実は、スパイ容疑がかけられてもおかしくはない。

 当然それは、聞いている側のカウセルマンにも、強く伝わっていた。

 このドットス軍人は、リスクを冒して自分にラジワットとの関係を話してくれた、勇気ある軍人である、と。


「カウセルマン大佐、もしラジワット殿とその一行が今現在どうしているかご存じでしたら、その安否だけでもお教え願えませんでしょうか」


 カウセルマンの表情は、かなり驚いたものであった。

 まさか、最南端の敵国であったドットスの軍人から、愛しいラジワットの名前を聞くことになるとは。

 ましてや、この男は、ラジワットと行動を共にしていたフェアリータとマリトの事も、恐らくは知っていると思われた。

 カウセルマンにとって、もはやそれだけで十分に、ワイアットを同士と見ても良いほどに信頼がおけるのである。


「ロームボルド大尉、その、貴殿がよろしければ、の話ですが、今晩、我が屋敷へ来ませんか?、その方が、話が早いと思います」


「私の事は、ワイアットとお呼びください、敬語も結構ですよ、私は大尉ですから。それと・・・・・それは・・・・ラジワット殿が、お屋敷に?、ということですか?」


 カウセルマンは、少し間を置くと、深いため息をつき、こう言った。


「残念ながら、ラジワット様は当家にはおりません、しかし、連れの者が一人」


「それは・・・もしやフェアリータ殿ではございませんか?」


「・・・やはり貴殿は、フェアリータ・タチバナの事をご存じでしたか」


 ワイアットは、ようやくラジワット達の状況を掴むことが出来ると、少し安堵するとともに、何故フェアリータが一人でカウセルマン邸にいるのかが、疑問であった。


 

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