第127話 和平交渉と捕虜交換
「なんだよ、ワイアット、お前、何か妙案でもあるって言うのか?」
ワイアットは、少しだけ時間を置き、深呼吸すると、マッシュにこう話した。
「和平だよ、和平条約を結ばないか、帝国と」
「・・・・おい、この話の流れで、タタリア帝国と和平を結ぶって、なに寝ぼけてやがる!」
「違う!、そっちじゃない!、オルコ帝国の方だ。最近の国境紛争で、お互い捕虜も増えてきている、このままでは、両国の財政も圧迫してしまうからな。普段であれば、そんな事を言いにくいと思うのだが、さすがのオルコ帝国も、タタリア帝国の動乱の最中に、俺たちと国境紛争なんてやっている場合ではないだろう」
「いや、しかし、慣用戦法としては、この機に乗じて係争地域を奪還するのが常套ではないか?」
「いや、だからさ、フェアリータ殿とラジワット殿の安否を確認するには、オルコ帝国から情報を得なければ、何も入って来ないだろ」
マッシュは、ワイアットの進言を聞いて、少し考え込んでいた。
確かに、この状況ではロンデンベイルの情報は正確に入ってはこない、しかし、その理由で和平を結び、捕虜交換をする、というのはいかにも性急ではないか。
「なあワイアット、それをドットス側から申し出る、というのは、いかにも足元を見られそうな話しではないか、政治には駆け引きという物がある、お前のやり方では、こちらが弱腰と見られて、タタリア国境が片付いた途端、ハイハープ正面に攻め込まれるぞ」
「だからこそ、なんだよ。ここでオルコ帝国が欲しているものを提供すれば、多少の遺恨も和らぐ」
「和らげて・・・、どうすんだよ」
「ここからは、私からのお願いだ、休戦協定を結び、一時的にでもお互いの軍人を交流できるように出来ないだろうか」
マッシュは、ここまで聞いた時点で、ワイアットが何を考えているのか理解出来たようだった。
そして、サナリアもその話を聞いて、何を企図しているのかを察したのである。
「ねえマッシュ、ワイアットの言う事が、フェアリータちゃん達の無事を確認する唯一の方法だと私も思うわ、お願い、ワイアットの言う通りにしてくれないかしら!」
マッシュは、再び考えていた。
なんとなく・・・ワイアットの言っている事が正しい事は理解出来ていた。
しかし、一国の王が、はいそうですか、と素直に聞き入れてしまって、いいのか、と。
マッシュは、今や国王であり、この国の全決定権を持つ立場だ。
しかし、それ故に、判断を間違ったという前例を作る事は、国王の威信に係る。
議会制民主主義と異なり、君主制が一般的なこの世界では、これら間違いは遺恨として国民・貴族の間に残り続ける。
それは極めて危険な事を意味する。
現王政を滅ぼし、新しい国王が誕生しかねない、ドットス王家にとっては死活問題である。
それ故、この話が、いかにもワイアットとサナリアだけに利があるように見えてしまう事が大きな問題なのである。
「解った、まず、捕虜交換を先に申し出る、それならば国民も貴族も納得するだろう、もう長い事、捕虜交換していないからな。そして、両国の間で良好なムードが出て来たところで、一時的な軍事同盟を結び、ドットス軍の一部を、オルコ・タタリア国境へ派兵する、どうだ?」
「おお!、さすがはマッシュ!、相変わらず見事だな。私は両国が良好なムードになったら、軍使を送って、観戦武官を派遣する、という方向性で考えていたんだが」
ワイアットの意見が、恐らくは一番現実的である。
「観戦武官」とは、実際の戦場を他国の武官級が観戦し、自国の戦略の一助とする行為であり、同盟関係にある国家間では珍しい事では無かった。
しかし、マッシュは、このワイアットの意見に乗り、更にもう一つ先の手を読んでいた。
それは、オルコに軍事上の恩を売っておけば、当面の和平工作に良い影響を与えるだろう、ということだ。
ドットスは、先の国王が病で公務が出来ない間に、政治も外交も少々旗色の悪い方へ向かっていたのである。
そこへ来て、昨年の不作による経済への悪化も、国民の不満へ拍車をかけていた。
ここで一度、国民と貴族のガス抜きをしてやらないと、不満が何処へ向けて爆発するかわからない。
そう言う意味でも、ワイアットの話は乗るメリットがあった。
こうして、オルコ帝国との捕虜交換の話はお互いの利害の一致から順調に進み、ワイアットは軍事同盟による第一次派遣隊として、自身の中隊を率いて、かつての敵国オルコの帝都、オルコアへと向かう事になるのであった。
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