第126話 王の間

「なんだ貴様、ここは王の間ぞ、たかだか大尉風情が軽々しく来て良い所ではない、帰れ!」


 ドットス王国の王宮では、ガタイの良い一人の軍人が、国王と謁見を申し入れていた。 

 しかし、一介の中堅軍人が、何ら事前申請もなく王宮になんて入る事は叶わない。


 いや、申請を申し入れたとしても、恐らくそれが許可されることは無いだろう。


「ワイアット・・・ワイアットじゃない!、・・・・あなたがここへ来たと言う事は」


 突然の王妃臨場に、衛兵も畏まり深々と頭を下げた。

 王妃サナリアは、もうすっかりこの王宮に馴染んでいる様子だった。

 そしてマッシュも、今や国王としてしっかり執務に励んでいる。

 ワイアット・メイ ロームボルドも、国王のお供として、無事にドットスへ帰還した功績により、王立軍中尉から大尉へと昇進していた。

 本来、国王の護衛を一人で行った功績を考えれば、二階級昇進してもおかしくはないレベルであるが、特別扱いをすれば、今後の出世にも影響する、との配慮から、マッシュがそう決めたのであった。


 サナリアとワイアットが再会するのは、3人がドットスに到着して以来である。

 それ故に、国王と親友関係である特権を嫌うワイアットが、このように突然王宮に上がってくることに、サナリアはすぐ、何か異常事態が起こったと察していたのである。


「ワイアット、ちょっと待っていて、先に人払いをするわ」


 サナリアがそう言うと、王の間へお供を連れて入って行き、数分が経過した。

 すると、正面の大きな扉ではなく、脇にある小さな通用口からサナリアがワイアットを王の間へ呼び寄せた。

 怪訝そうな衛兵の視線を気にしつつ、ワイアットは王の間に入る。


「国王陛下、この度は突然のご無礼、どうかご容赦ください、私、ワイアット・メイ・ロームボルドは」


「よせ!、一体何のために人払いしたと思っているんだ!、このメンバーでいる時は、堅苦しい事は抜きだと言ったはずだ」


 こういう所は、やはり以前のマッシュと何も変わっていない。

 しかし、今日持ってきた話は、決して楽しいものではなかった。

 

「では、遠慮なく!・・・・マッシュ、聞いたか、ロンデンベイルの件」


「ああ・・・、まったく、それに気付いていれば、ラジワット達を力ずくでもドットスへ引っ張って来たものを」


 サナリアが、二人の会話について行けず、苛立ちを露わにした。


「ねえ、ちょっと、このメンバーの時は、もう少し私にも解るように、ハッキリと物を言って頂戴!」


 すると、二人は一様に下を向く。

 それがまた、非常に良くない知らせである事を物語ってしまっていた。


「・・・・・ねえ、ちょっと、・・本当に、何なのよ・・・」


 深いため息をつき、ワイアットがこの話をするのは、自分の役目だと言わんばかりに重い口を開いた。


「さっき、連隊にも入った情報なんだが・・・ロンデンベイルが閉鎖された」


 サナリアは、その言葉の意味が一瞬解らないでいた。

 しかし、その閉鎖したのが誰なのか、という部分に思いが廻った瞬間、彼女の表情は強張ったのである。


「・・・まさか、ロンデンベイルをタタリア帝国が、一方的に閉鎖した、という意味なの?」


 マッシュも、続いて口を開く。


「ああ、そうだ・・・その意味、解るな?」


 この3人が、国境を超える時に感じていた妙な雰囲気、国境全体に広がる、何かピリピリとした空気を、サナリアも思い出していた。


「まさか、クーデターで皇帝の座を奪った、新皇帝が命じたって事?・・・それじゃあロンデンベイルは・・・」


「ああ、そうだ、タタリア騎兵軍団が閉鎖に入ったなら、もう草木一本も生えてねえよ」


 サナリアは、両手を口に当てて、顔面蒼白になって行く。

 それはつまり、フェアリータやマリトまで、虐殺の憂いに合っている可能性を秘めていたのだ。


「ねえ、フェアリータちゃんは?、マリトちゃんは?、何か情報は無いの?」


「落ち着けサナリア、そんな個人単位の情報なんて入ってこねえよ。第一、飛び地とは言え、ロンデンベイルはオルコ帝国領、当事者が黙ってねえぞ」


「ああ、連隊もその話題で持ち切りだ、近く戦が起こるんじゃないか、ってな」


「ああ、そうだな、タタリアとオルコは、間違いなく一戦交えることになる・・・・さて」


「ちょっと、何落ち着いているのよ、何か手は無いの?、あんた、国王でしょ!」


「おい、無茶を言うな、国王ったって、国境が三つも向こうの話なんだぞ、そのお陰で、俺たちはタタリアと戦火を交えることなく、ここまでやって来れた、この辺じゃ、ドットスはそれほど強大ではない、タタリアとオルコとなんて、比較にはならねえんだよ」


 久々に顔を合わせた3人は、まるでさっきまで共に旅をしていたかのように、いつも通りであった。

 しかし、その会話の内容は、いつになく深刻なものである。

 ましてや、妹のように溺愛していたフェアリータと、幼いマリトの事を考えると、サナリアはもう、泣き出しそうであった。


「ねえ、お願い、マッシュ、何か良い手は無いの?、フェアリータちゃんが可哀想だわ」


「なあマッシュ、私も今日はその件でここへ来たんだ、聞いてくれないか?」


 サナリアとマッシュは、少し間を置いて、ワイアットの方を向いた。

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