第124話 落ち着け

 マリトの落下に気付いて、そんなに時間が経過していないはずなのに、マリトの姿は依然発見できずにいた。

 おかしい、そんなはずはない。

 ラジワットですら、パニックに陥る寸前であったが、もう一度冷静さを取り戻そうと、一度立ち止まると深呼吸をした。

 捜索を開始してから、もう30分は経過しただろうか。

 マリトを探すにしても、そろそろ救助しなければ生命にすら影響してしまう。

 故に、ラジワットは一度深呼吸をしたのである。

 

 落ち着け、ここで判断を見誤れば、マリトが救われない。


 ラジワットは考えた。

 なぜ、ユキちゃんから落下した地点にマリトがいないのか。

 、、、、この吹雪、、、。


 ラジワットは、その時自分たちが大きな過ちを犯している事に気付いた。

 マリトは、ユキちゃんの背中で、もう既に雪に塗れていたのである。

 そして落下した。


 この吹雪である、マリトは直ぐに雪の下に埋まってしまっているはずだ。

 落下したマリトが、視認出来ると思っていた二人は、それこそが間違っていたことに気付くのである。


「ミユキ、マリトは多分、雪の下に埋まっている、短剣の鞘を使って、雪を刺すんだ、目で探しても意味がない」


 幸も、確かにこの状況であれば、もう雪に埋まっていると、認識を改めた。

 

 怖い、雪の下に、マリトちゃんが居る?、、、、

 息は、息は出来ているのか?、、

 もう、嫌な事ばかりが頭を過る。

言われた通り、必死でマリトがいないかと、鞘を雪に突き刺す度に、幸の心は折れそうになる。

 

 そんな時だった、吹雪の轟音の奥から、ラジワットの叫び声が聞こえた。


「マリト!、マリト!、気をしっかり持って、マリト!」


 幸も慌てて駆け付ける。

 マリトは、意識がない、呼吸は?


「ラジワットさん、マリトちゃんは?、マリトちゃんは?」


 もう、幸の瞳には涙が貯まり、それが凍るから本当に視界が悪い。

 

「ミユキ、ここでマリトを蘇生する、手伝ってくれ!」


 その一言が、まるで夢を見ているかのように他人事のように聞こえ、頭に入ってこない。


 蘇生、、、、


 マリトは、既に死んでいると言うことなんだろうか?、

 幸には、一体何が起こっているのかが、もう解らなくなっていた。


「いや、、、、いやだよ、マリトちゃん、そんな、そんな、、、、」


 幸の呼吸が激しくなる。

 ラジワットが、「ミユキ、しっかりしろ!、自分を保持するんだ」と怒鳴るが、やはり現実の事に思えない。

 そんな時、マリトの意識と呼吸が戻る、蘇生に成功したのだ。


「マリト、どうだ、お父さん、解るか?」


「、、、、お父さん、、、ごめんなさい、お姉ちゃんは、大丈夫?」


 幸は、小さな声で返してくるマリトに駆け寄ると、泣きながら「ごめんね、ごめんね」と、何度も謝る。

 マリトは、少し笑いながら、幸の頭に手をやると、「お姉ちゃん、謝らないで、僕が悪いんだから」と幸を気遣った。

 幸は震えが止まらない、マリトとこうして再び話す事が出来た。

 こんな恐怖は、他に無いだろう。

 最愛の弟、絶対に失いたくはない。


 それでも、マリトの体温は、どうしようもなく冷たいままだ。

 ラジワットは必死でマリトの身体を擦りながら、摩擦熱で体温を上げようと試みた。

 

 だが、どうしても、マリトの体温は、上がって行かないのである。

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