第123話 来た道の痕跡
たしかに、ラジワットの言う事は正解だったのかもしれない。
休憩を終えて、三人と一匹が歩き始めて間もなく、雪が激しくなり、やがて吹雪になった。
怖い、これは、あのホワイトアウトになってしまうのではないか。
幸は、チェカーラントを出て直ぐの雪山で遭遇したホワイトアウトを思い出していた。
あれは、本当に怖かった。
人生初の雪山が、そのままホワイトアウトの経験となった、強烈なイメージ。
それが、これから来ようとしている。
「ミユキ、ゆっくり行くから、付いてくるんだぞ」
ラジワットは、ユキちゃんを繋いだ縄を手に持ち、最後尾に就けていた幸を、ラジワットの直ぐ後方に呼び寄せた。
辺りは吹雪で視界が悪い、ユキちゃんの後ろにいては、幸が遅れた事が把握できなくなってしまう。
それは、正しい判断と言えた、、、、一般的には。
この態勢での登山が、もう2時間近く経過した頃だろうか、ユキちゃんが「クェ~」と小さく呟いた。
珍しい、山道を歩いているユキちゃんが、声を出すなんて。
やはり、人を背負っての吹雪、雪に強いユニホンでも、さすがに辛いのかもしれない。
ユキちゃんも幸も、この半年程度で随分成長していた。
特に、幼獣だったユキちゃんは、もう成獣に迫るほどに大きく成長していた。
そのお陰で、今回はラジワットの負担も幾分か軽くなった。
とは言え、全く歩くことが出来ないマリトを背負っての強行軍、ユキちゃんがよく歩いてくれるユニホンであった事が、このメンバーには、幸運な事と言えた。
幸は、そんなユキちゃんが声を上げた事に気付いてはいたが、前へ進む事だけで精一杯となっていた。
そんな時、再びユキちゃんは「クェ~」と鳴くと、動きを止めて、前進を拒みだす。
「どうしたのユキちゃん、しっかりして!、ここで立ち止まってはダメよ!、みんな、死んじゃうんだから!」
そう言った幸の目に入ったのは、信じがたい光景であった。
「どうしたミユキ、ユキに何かあったのか?」
「ラジワットさん!、大変です、マリトちゃんが!」
ラジワットが、「しまった」という表情を浮かべ、幸の後ろにいたユキちゃんの背中を手探りで引き寄せる。
すると、本来そこに居るはずのマリトの姿が、何処にも無いのである。
「マリト、、、、マリト!、マリト!!」
ラジワットは叫んだ、幸も慌てて叫ぶ。
しかし、二人の声は、どんなに大きく叫んでも、吹雪がそれをかき消してしまう。
大変な事が起こった。
まさか、マリトが落下した?
いつ?、どこで?、、、この吹雪の中で?
幸は、自分たちが来た道を辿ろうと、慌てて駆け出した。
「マリトちゃーん!、お願い、返事して!、お願い!、お願い!」
冷や汗が出て来た、これは、起こってはいけない事が起きている。
こんな雪山で、間もなく日が暮れるこの真っ白い世界で、マリトが何処にもいないのだ。
ユキちゃんは、それを知らせようとして鳴いたんだ。
最初に鳴いたのは、、、そんなに歩いてはいないはず、でも、もし意識を失って落下したのだとしたら、マリトの意識は危険な状態になってしまう。
早く見つけ出さなければ。
しかし、無情にも、この吹雪が自分たちの来た道の痕跡を、どんどん消して行ってしまう。
「ミユキ、落ち着け、道を逸れれば、クラックに入り込んでしまう、、、、」
幸は、それを聞いて、更に凍り付いた、マリトが必死で後から追いかけて来たとしても、クラック(氷の切れ目)に落ちてしまえば、もはや見つける事も、救助することも出来ない。
「マリトちゃん!、お願いよ!、返事をして!」
幸は、もう泣き出しそうだった。
お願いします、神様、どうか、マリトちゃんと会わせてください!。
幸は、これほど何かに祈った事は無いとさえ思えた。
半泣き状態の目には、皆でランカース村で、暖炉を囲んで、笑顔で話しをする場面がフラッシュのように過る。
今はそんな事を考えている場合では無いのに。
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