第118話 呪いの逆行

 幸は、初めての経験となる、呪いの逆行を試みていた。

 結局、肩を叩くという行為自体は同じであるが、ゼノンにかけられた呪い本体である小さな龍脈に、力をそそぎ込むというのは、イメージしにくいものである。


「いいぞミユキ、そのままゆっくりと叩いてくれ、効果が確認出来ている」


 ラジワットがそう言うと、ゼノンの身長が大きくなって行くのが解る。

 それは、誰の目にも明らかなほどに、顕著な伸びである。

 それを見た村人は、一斉に希望の歓声を挙げた。

 それ自体が、まるで村の復活を祝うかの如く。


「あるがとう、ありがとう、フェアリータ様」


 ゼノンの口は、幸への感謝の気持ちで溢れるとともに、その目には、再び生気が漲るのである。


 秘術を終えた幸は、あらためてゼノンを見てみる。

 以前のように、5m越えとは行かないものの、その巨体は圧巻だと感じる。

 マリトも、その勇士には、感動していたようで、自身にかけられた呪いと真逆なゼノンに対し、憧れすら抱いているようだ。


「これで、タタリア騎兵軍団が来たとしても、奴らを殲滅できる!、みんな、村を再建するぞ!」


 男も女も、高々に声を挙げた。

 村人全体が、戦いの前の興奮に包まれたように、絶望の底にあった彼らを焚きつけたのである。


「ラジワットさん、、、、私はこれで良かったのでしょうか?」


「ああ、なにも気にする事はない、ゼノンは、彼なりの正義を貫いただけだ、見てごらん、村人の表情を。今やゼノンが希望そのものになっている、村の再建もそう遠くはないだろう」


 ラジワットが言うには、焼けた村の状況を見ると、それは再建を前提として、計画的に焼かれたようであった。

 そして、作物自体には、一切火の手が上がっておらず、生存自活に何ら問題は無いのだそうだ。

 この村の焼却は、それ自体がタタリア騎兵軍団を欺く為の作為であり、それは効果を発揮しているのだ。


 夜、巨人の洞穴を中心に、村人が焚き火の周りに集まり、食事を採っていた。

 幸達も誘われ、村の料理を戴く。

 意外だったのは、こんな状況ながら、この村の料理は以前と変わることなく、美味しく調理されていることだ。


 そう、この村は、必ず復活できる。

 

 しかし、その中に、ゼノンは含まれていない。

 彼は仮にこの動乱が治まった後でも、もう村人とこうして同じ空間で生活する事は出来ない。

 それでもなぜか、ゼノンの表情は、とても満足しているように見えた。


 ロンデンベイルを出てから、久々の暖かい食卓となった三人と一匹は、焚き火の番をすることなく、ゆっくりと眠る事が出来た。

 それだけでも、有り難いことだった。 

 誰かに追われ、緊張の中での逃避行ほど、精神的に疲弊する旅はない。

 ラジワットも表面上は疲れ知らずのように見えるが、毛布にくるまると、一瞬で眠りに入ってしまった。

 自分より大きく強いゼノンが居ることで、ラジワットもようやく安心して眠れたようである。


 

 翌朝、ラジワットは少し迷っているように見えた。

 それは、この先を急いで進むべきか、それともここに止まって、ゼノン達と一緒に戦うべきか。

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